このブログはNHKとは関係のない個人(私)が、NHK FMラジオで放送された「ラジオ深夜便」の一部の番組内容をメモとして残しておくことを目的としています。ほぼ毎日の内容を不定期に更新していきます。
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二宮尊徳 映画館色つき
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2:00~3:00JST NHK Radio Program: "RADIO SHINNYABIN"
ラジオ深夜便 ロマンチックコンサート Romantic concert
アンカー Anchor 相馬宏男(仙台)(Souma-Hiroo)さん

     ♪曲目 playlist♪
  1. 津軽じょんから節  浅野祥(あさの・しょう:津軽三味線) 津軽民謡
  2. 津軽よされ節  浅野祥津軽三味線) 津軽民謡
  3. 祥風(しょうふう)  浅野祥津軽三味線) 作曲 浅野祥 平成19年 2007
  4. 津軽はいや節  浅野祥津軽三味線) 津軽民謡
  5. 秋田にかた節  浅野祥津軽三味線) 秋田民謡

  6. )Petite Fleur(小さな花:可愛い花)  寺井尚子(バイオリン)composed by Sidney Bechet

    浅野祥(あさの・しょう、平成2年・1990年3月生まれ )
     現役の高校3年生(この放送を収録した日が卒業式)。仙台市在住。祖父のやっていた津軽三味線に興味を持つ。5歳で、地元仙台の二代目小田島徳旺に師事する。毎年弘前で行われる津軽三味線全国大会に出場し、D級(15歳以下)から、Bクラスまで優勝し、三味線キャリア5年以上が出場できる最高クラスのA級で三連覇を遂げる。A級で三連覇すると殿堂入りし、津軽三味線全国大会を卒業となる。四月からは大学生。

  • 自分としては(津軽三味線で演奏する)小川が流れるような繊細な音が好きです。(浅野祥)
  • 津軽じょんから節は、弦楽器の三味線を撥でたたく打楽器のようでした。(小生)
  • 今月の19日にはアメリカのワシントンD.C.で演奏をします。(浅野祥)
  • 所属事務所による浅野祥さんのホームページ→ http://www.j-s.co.jp/asano/
  • こちらは浅野祥さんのブログ→ http://asano-sho.seesaa.net/
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1:00~2:00JST NHK Radio Program: "RADIO SHINNYABIN"
ラジオ深夜便 
アンカー Anchor 武田真一(Takeda-Shinnichi)さん

    サンゴの再生をめざす サンゴ養殖業 金城浩二(37歳、観賞用サンゴの販売とサンゴの養殖再生をてがける)
  • 30年前を100すると今は10に減った。沖縄が本土復帰して経済発展したが、海を利用して生活する人が減った。海のことを考えなくなった。
  • 海水温の上昇でサンゴの中に共生(光合成をしてその代謝物をサンゴに与えている)している植物ブランクトンがいなくなり、サンゴだけになり(白化現象)、しばらくすると死んでしまう。
  • 浅瀬が埋め立てられサンゴの生育地が減っている。
  • サンゴ礁は海の0.4%を占めている。そこには海洋生物の4分の一が住んでいる。
  • 十年前にサンゴの養殖をはじめた。自然に増やすのではなく、株分けして大量生産することを目指した。夢中でやって楽しかったが、生産設備を作ることから始め、それができるようになるには大変な苦労があった。
  • 今は漁協と協力して二箇所で生産している。四万株、70種類くらいのサンゴを生育している。増えた分は海に植えているので、種親を持ち続けることが大事になる。
  • サンゴの養殖は設備より愛情だなと思う。光が足りなくなったら光を当ててあげたり、常にサンゴの様子をチェックしてあげないといけない。
  • 最初始めた頃は全滅したこともある。海水のミネラルバランスを間違えて、翌日来て見たら(サンゴが)真っ白になっていたこともあった。
  • 大きくなったものから株分けする場合は、5cmくらいに折ってそれを植えるための基板に根付かせる。6ヶ月経てば(海に)植えられるようになる。一年半で枝が分かれて10本くらいになる。
  • 海に植えたサンゴが(根付き、成長して)産卵するのを見たとき、涙が出た。
  • 環境のためになる事業はボランティアでは出来ないと思う。単発なイベントではなくて、私はずっとサンゴを植えていきたいので、記念日(結婚、誕生など)にサンゴを植えてみませんかということで有料で記念植樹を募って収益をあげて継続事業としている。補助金は利用していない。サンゴを植えたのは僕達だけど、そこにはたくさんの人の思いが植えられている。
  • サンゴを植えるだけで海がよみがえるとは思わないが、サンゴを心配している人が増えていると環境がよくなる。以前、道路工事の人が僕達の会社に来て、サンゴを植えている場所に泥が流れないような対策をしてくれたことがあった。環境を大切にする心を共感してくれる人が増えると、僕が死ぬ頃には沖縄の海は世界一になると思う。

     ♪曲目 playlist♪
  1. てぃんさぐぬ花  我如古より子(がねこ・よりこ)

  • とつとつと話す金城浩二さんの話はとても興味深かったです。(小生)
  • 大分県中津市本耶馬渓町にある「青の洞門」の話を思わせるものがありました。江戸時代中期に禅海和尚が、断崖絶壁の難所にトンネルを掘り安全な道を作ろうと、托鉢勧進によって掘削の資金を集め、石工たちを雇い、ノミと槌だけで30年かけて掘り抜きました。時を越えてよく似た活動だと思いました。(小生)
  • NPO法人アクアプラネット(金城浩二さん理事長) サンゴ礁の再生活動を行っています。→ http://www.aqua-planet.org/index.html
2:00~3:00JST NHK Radio Program: "RADIO SHINNYABIN"
ラジオ深夜便
アンカー Anchor 武田真一(Takeda-Shinnichi)さん

    ヤンバルクイナの繁殖をめざす 獣医師 長嶺隆(44歳、うるま市生まれ18年間埼玉で暮らす。平成14年に沖縄にもどり動物病院を開業)
  • 交通事故などで怪我をしたヤンバルクイナを救急救命する、パトロールをして雛を助けるといった活動をしている。
  • ヤンバルクイナはチャボくらいな大きさ。羽根はあるが飛べない。くちばしが赤い、すごく派手な鳥だが、森の中だと溶け込んで目立たない。
  • ヤンバルクイナが1981年に発見されて以降、どんどん数が減っている。最初は2,3千羽入ると思われていたが、一昨年には700羽になってしまった。
  • 天敵は100年程前に毒蛇ハブ対策のために持ち込まれたマングース。マングースの駆除しているが現状は増えていない程度。ヤンバルの森にはもとは肉食獣はいないのんびりとした森だった。
  • マングースは昼行性、ハブは夜行性で蓋をあけてみたらそれらが出会うことは稀であることが分かった。
  • 雛は想像以上にえさを食べる。そのえさを調達するために親鳥は道路などにも出てきて事故に遭ってしまう。
  • (道路の下に)クイナが安全に通れるトンネルを作りたいなと、たぶん実現すると思うが、がんばっている。

  • ヤンバル(沖縄本島北部)に飼い猫が捨てられている。その猫がヤンバルクイナを食べている。
  • 公民館などで猫に不妊・去勢手術をするなどの活動をしていくうちに、2005年に飼い猫にはマイクロチップを埋め込んで責任を持って飼いましょうという条例が日本で初めて出来た。以前は年間200頭ほどの捨て猫がヤンバルで捕獲されていたが、現在は十数頭にまでなった。
  • いろんな団体の協力により、ヤンバルの森で捕獲された猫は全て新しい飼い主に引き取られ、処分された猫は1頭もいない。
  • カラスの被害にあった巣の卵と、親鳥が帰ってこなかった巣の卵を人工孵化して飼育したら、別の巣から生まれたオスとメスのクイナがつがいになった。
  • 人工繁殖すると、あるペアはたくさん繁殖するが、あるペアの繁殖数は少ないということがおきて、同じような遺伝子を持った兄弟が多くなり、伝染病に弱くなる。遺伝的な多様性を維持しながら数を増やすことが目標となる。
  • 大学受験に失敗して浪人していたときの1981年にヤンバルクイナが発見された。受験勉強をしていたので禁鳥(野鳥を見ない)の誓いを立てていたのを破って友達と一緒にヤナバルクイナを見に行った。沖縄では珍しい朝もやが出たヤンバルの川のそばで見ることが出来た。
  • 地元の人から繁殖の土地を提供していただいたり、北海道から鹿児島まで学生さん達が手伝いに来てくれて繁殖施設を完成させた。多くの人の協力によりここまで出来たので何とかなる(ヤンバルクイナを復活させられる)と思えてきた。
  • ガンに効く物質は遺伝子の多様性をもとに作られている。生態系、生物の多様性を大切にしたい。第一、(いろんな生き物が入るということは)可愛いしね。
  • もともと沖縄にいた南の那覇あたりまでヤナバルクイナの生育地を広げたい。

     ♪曲目 playlist♪
  1. 童神(わらびがみ)~天の子守唄  古謝美佐子(こじゃみさこ) 作詞 古謝美佐子 作曲 佐原一哉 

  • ヤンバルクイナたちを守る獣医師の会 → http://homepage1.nifty.com/kunigami/Yanbaru/
  • 童神」は古謝美佐子さんにお孫さんが生まれたときに作られたそうです。そう思うと沖縄方言の意味は正確にはわかりませんが、歌声に心を打たれました。小生のかすかな記憶では昭和30年代頃は四国の村でもびっくりするほど上手に民謡を歌う芸達者なおじさん・おばさんがいたものでした。沖縄民謡を聴くとそんなことが思い出されます。(小生)
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