2007年02月の全記事一覧
- 2/28水日 落語 三井の大黒 三代目 桂三木助 Wed Feb 28,2007
- 2/28水 ポピュラー・ボーカルへの誘い:ペリー・コモ&アンディ・ウィリアムス集 Wed Feb 28,2007
- 2/28水 懐かしの歌謡スター:藤山一郎集 Wed Feb 28,2007
- 2/28水 江戸商人の知恵と心意気(2)慶応義塾大学名誉教授 白石孝 Wed Feb 28,2007
- 2/27火 ビンテージ・ポップス:ボブ・ディラン集 Tue Feb 27,2007
- 2/27火 作家で綴る流行歌:宇崎竜童(作曲)作品集 Tue Feb 27,2007
- 2/27火 江戸商人の知恵と心意気(1)慶応義塾大学名誉教授 白石孝 Tue Feb 27,2007
- 2/26月 エンジョイ・ジャズ モダン・ジャズの楽しみ Mon Feb 26,2007
- 2/26日 昭和歌年鑑:昭和41年の流行歌 Mon Feb 26,2007
- 2/25日 郷愁のポピュラー名曲:シャンソンへの誘い Sun Feb 25,2007
- 2/25日 思い出の流行歌:昭和20年代の作品から Sun Feb 25,2007
- 2/24土 青森、冬、雪を歌った思い出の歌リクエストとお便り Sat Feb 24,2007
- 2/24土 青森の民謡と津軽三味線 アンカーを囲むつどい Sat Feb 24,2007
- 2/24土 挑戦に限りなし プロスキーヤー・登山家 三浦雄一郎 Sat Feb 24,2007
- 2/23金 仁清「色絵月梅図茶壺」東京国立博物館 伊藤嘉章 Fri Feb 23,2007
- 2/23金 リラックス・サウンズ:渡辺貞夫(アルト・サックス)集 Fri Feb 23,2007
- 2/23金 作家で綴る流行歌:船村徹(作曲)作品集(2) Fri Feb 23,2007
- 2/22木 徳川将軍とイメージ戦略 歴史家 安藤優一郎 Thu Feb 22,2007
- 2/22木 クラシックへの誘い シューベルト作品集 The Feb 22,2007
- 2/22木 青春のフォーク&ポップス:'70年代の作品から The Feb 22,2007
- 2/21水 花が好き自然が好き 文学に登場する花が語るもの 東京大学教授 塚谷裕一 Wed Feb 21,2007
- 2/21水 大岩祥浩 "タンゴの響き" Wed Feb 21,2007
- 2/21水 歌謡スター・思い出のヒット:ペギー葉山集 Wed Feb 21,2007
- 2/21水 イスラムへの理解と誤解(2)一橋大学大学院教授 内藤正典 Wed Feb 21,2007
- 2/20火 イスラムへの理解と誤解(1)一橋大学大学院教授 内藤正典 Tue Feb 20,2007
- 2/19月 インタビュー 90歳の青春 作詞家 丘灯至夫(前半) Mon Feb 19,2007
- 2/19月 インタビュー 90歳の青春 作詞家 丘灯至夫(後半) Mon Feb 19,2007
- 2/19月 幼き日の歌:戦後の名作童謡 Mon Feb 19,2007
- 2/18日 ポピュラー・ボーカルへの誘い:ナット・キング・コール集 Sun Feb 18,2007
- 2/18日 青春のフォーク&ポップス'81年の作品から Sun Feb 18,2007
- 2/17土 競演・世界のアーティスト ジャクリーヌ・フランソワ& 渡辺香津美 Sat Feb 17,2007
- 2/17土 ”真夜中の夢の競演”伊東ゆかり&堺正章 Sat Feb 17,2007
- 2/16金 思い出のポピュラー:'70年代女性シンガー作品集 Fri Feb 16,2007
- 2/16金 シンガー・ソングライターの時代 小椋佳作品集(2) Fri Feb 16,2007
- 2/14水 懐かしのスウィング・ジャズ:クラリネット Wed Feb 14,2007
- 2/14水 思い出の流行歌:演歌ヒット集 Wed Feb 14,2007
- 2/14水 み仏の説かれた教え(2)東洋思想研究家 境野勝悟 Wed Feb 14,2007
- 2/13火 ロック・クラシックス:ブルー・アイド・ソウル作品集 Tue Feb 13,2007
- 2/13火 歌謡スター・思い出のヒット:沢田研二集 Tue Feb 13,2007
- 2/13火 み仏の説かれた教え(1)東洋思想研究家 境野勝悟 Tue Feb 13,2007
- 2/12月 ジャズ・ボーカルへの誘い:アニタ・オデイ&ヘレン・メリル集 Mon Feb 12,2007
- 2/12月 懐かしの時代劇テーマ、主題歌集 Mon Feb 12,2007
- 2/11日 リラックス・サウンズ:サム・テイラー(テナー・サックス)&ニニ・ロッソ(トランペット)集 Sun Feb 11,2007
- 2/11日 昭和歌年鑑:昭和35(1960)年の流行歌 Sun Feb 11,2007
- 2/10土 競演・世界のアーティスト サラ・ヴォーン& ナット・キング・コール Sat Feb 10,2007
- 2/10土 真夜中の夢の競演”上原敏&平野愛子 Sat Feb 10,2007
- 2/10土 認知症の人の思い 家族の思い 認知症の人と家族の会 代表 高見国生 Sat Feb 10,2007
- 2/09金 クラシックへの誘い:音楽の詩情・スペイン Fri Feb 09,2007
- 2/09金 作家で綴る流行歌:船村徹(作曲)作品集(1) Fri Feb 09,2007
- 2/09金 母に習い、娘に伝える五・七・五(2)日本伝統俳句協会理事 今井千鶴子 Fri Feb 09,2007
- 2/08木 エンジョイ・ジャズ:チェット・ベイカー集 Enjoy Jass:Chet Baker Wed Feb 08,2007
- 2/08木 懐かしの歌謡スター:藤島桓夫&若原一郎集 Thu Feb 08,2007
- 2/08木 母に習い、娘に伝える五・七・五(1)日本伝統俳句協会理事 今井千鶴子 Thu Feb 08,2007
- 2/07水 思い出の映画音楽:ミッシェル・ルグラン&フランシス・レイ作品集 Wed Feb 07,2007
- 2/07水 思い出の流行歌:懐かしのアイドル歌謡集 Wed Feb 07,2007
- 2/07水 認知症患者を見つめ続けて(2)聖マリアンナ医科大学 名誉教授 長谷川和夫 Wed Feb 07,2007
- 2/06火 スター女優の歌声:倍賞千恵子集 Sat Feb 03,2007
- 2/06火 認知症患者を見つめ続けて(1)聖マリアンナ医科大学 名誉教授 長谷川和夫 Tue Feb 06,2007
- 2/04日 思い出のポピュラー:'60年代 ポップス・ヒット集
- 2/04日 思い出の歌謡スター 青江三奈集
- 2/03土 競演・世界のアーティスト キャノンボール・アダレイ&パトリシア・カース
- 2/03土 ”真夜中の夢の競演” 松任谷由美&寺尾聰
- 2/02金 ヴィンテージ・ソウル:スティーヴィー・ワンダー集
- 2/02金 シンガー・ソングライターの時代:小椋佳作品集(1)
- 2/01木 作家で綴る流行歌:西條八十(作詞)作品集(2)
- 2/01木 脳のはたらきとラジオの効用 和歌山県立医科大学教授 板倉徹
1:00〜2:00JST <演芸特選> 落語 Rakugo; traditional comic storytelling
アンカー Anchor: 水野節彦(Mizuno-Sadahiko) さん
♪演目 Playlist♪
1.三井の大黒(Mitsui-no Daikoku) 三代目 桂三木助(Katsura-Mikisuke)
江戸時代には八丁堀が神田にもあった。今川橋の近所の銀町(しろかねちょう)の普請場に、甚五郎が来て、その普請場の棟梁の政五郎の世話になることになった。出身は飛騨の高山だと言うが、日本一の名人甚五郎とも言えず、名無しでは困るので”ぽんしゅう”という名前をもらった。
次の日、忙しいので朝から仕事を頼んだ。板を削れとの指示で、2枚の板を削り、その板をピタリと合わせて、剥がせるものなら剥がしてご覧と言ったが、誰も剥がせなかった。それを見届けて先に帰ってしまった。政五郎はぽんしゅうに小僧の仕事、板削りをさせたとは生意気だと怒鳴りつけた。ぽんしゅうには気が向くまで2階で、寝ていて良いと言い付けた。
お前さんも分かったと思うが、江戸では表向き100人の職人の手が掛かっていると思っても80人しか掛かっていない。反対に上方では100人の所150人掛かっている。江戸は火事早いから手が掛けられない。腕があるから上方で仕事をした方が良いと勧めた。暮れが近づき、春まで遊んでも居られないので、暮れの市(いち)用にアルバイトで、踏み台、ゴミとり、など作ったらと勧めたが乗り気にならない。それでは彫り物が出来るだろうから、恵比寿・大黒等はどうか。と言われて思い出した。...
アンカー Anchor: 水野節彦(Mizuno-Sadahiko) さん
♪演目 Playlist♪
1.三井の大黒(Mitsui-no Daikoku) 三代目 桂三木助(Katsura-Mikisuke)
江戸時代には八丁堀が神田にもあった。今川橋の近所の銀町(しろかねちょう)の普請場に、甚五郎が来て、その普請場の棟梁の政五郎の世話になることになった。出身は飛騨の高山だと言うが、日本一の名人甚五郎とも言えず、名無しでは困るので”ぽんしゅう”という名前をもらった。
次の日、忙しいので朝から仕事を頼んだ。板を削れとの指示で、2枚の板を削り、その板をピタリと合わせて、剥がせるものなら剥がしてご覧と言ったが、誰も剥がせなかった。それを見届けて先に帰ってしまった。政五郎はぽんしゅうに小僧の仕事、板削りをさせたとは生意気だと怒鳴りつけた。ぽんしゅうには気が向くまで2階で、寝ていて良いと言い付けた。
お前さんも分かったと思うが、江戸では表向き100人の職人の手が掛かっていると思っても80人しか掛かっていない。反対に上方では100人の所150人掛かっている。江戸は火事早いから手が掛けられない。腕があるから上方で仕事をした方が良いと勧めた。暮れが近づき、春まで遊んでも居られないので、暮れの市(いち)用にアルバイトで、踏み台、ゴミとり、など作ったらと勧めたが乗り気にならない。それでは彫り物が出来るだろうから、恵比寿・大黒等はどうか。と言われて思い出した。...
2:00〜3:00JST ロマンチックコンサート Romantic Concert
アンカー 水野節彦(Mizuno-Sadahiko)さん
♪曲目 playlist♪
1.Papa Loves Mambo(パパはマンボがお好き) Perry Como(ペリー・コモ) 1954
2.The Rose Tattoo(バラの刺青) Perry Como(ペリー・コモ) 1955
3.Till the End of Time(時の終わりまで) Perry Como(ペリー・コモ) 1945
4.If I Loved You(イフ・アイ・ラブド・ユー) Perry Como(ペリー・コモ) 1945
5.If(イフ) Perry Como(ペリー・コモ) Perry Como(ペリー・コモ)
6.Catch a Falling Star(キャッチ・ア・フォーリング・スター) Perry Como(ペリー・コモ) 1958
7.Moon River(ムーン・リバー) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス)
8.Canadian Sunset(カナダの夕日) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス) 1956
9.More(モア) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス)
10.Love Story(ある愛の詩) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス)
11.Red Roses For A Blue Lady(ブルー・レディに赤いバラ) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス)
12.Charade(シャレード) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス)
2曲目の「The Rose Tattoo(バラの刺青)」は小生調べてみたら、映画「バラの刺青」のなかでは歌われていませんでした。
3曲目の「Till the End of Time(時の終わりまで)」はショパンのポロネーズの曲に詞を付けて歌っています。全米No.1ヒットになりました。
アンカー 水野節彦(Mizuno-Sadahiko)さん
♪曲目 playlist♪
1.Papa Loves Mambo(パパはマンボがお好き) Perry Como(ペリー・コモ) 1954
2.The Rose Tattoo(バラの刺青) Perry Como(ペリー・コモ) 1955
3.Till the End of Time(時の終わりまで) Perry Como(ペリー・コモ) 1945
4.If I Loved You(イフ・アイ・ラブド・ユー) Perry Como(ペリー・コモ) 1945
5.If(イフ) Perry Como(ペリー・コモ) Perry Como(ペリー・コモ)
6.Catch a Falling Star(キャッチ・ア・フォーリング・スター) Perry Como(ペリー・コモ) 1958
7.Moon River(ムーン・リバー) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス)
8.Canadian Sunset(カナダの夕日) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス) 1956
9.More(モア) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス)
10.Love Story(ある愛の詩) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス)
11.Red Roses For A Blue Lady(ブルー・レディに赤いバラ) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス)
12.Charade(シャレード) Andy Williams(アンディ・ウィリアムス)
2曲目の「The Rose Tattoo(バラの刺青)」は小生調べてみたら、映画「バラの刺青」のなかでは歌われていませんでした。
3曲目の「Till the End of Time(時の終わりまで)」はショパンのポロネーズの曲に詞を付けて歌っています。全米No.1ヒットになりました。
3:00〜4:00JST にっぽんの歌こころの歌 Japanese Sweet Songs
アンカー Anchor: 水野節彦(Mizuno-Sadahiko) さん
♪曲目 playlist♪
1.男の純情 藤山一郎 作詞 佐藤惣之助 作曲 古賀政男 昭和11年 1936
2.長崎の鐘 藤山一郎 作詞 サトウハチロー 作曲 古関裕而 昭和24年 1949
3.回想譜 藤山一郎 作詞 今城靖児 作曲 古賀政男 昭和11年 1936
4.浅草の唄 藤山一郎 作詞 サトウ・ハチロー 作曲 万城目正 昭和22年 1947
5.丘を越えて 藤山一郎 作詞 島田芳文 作曲 古賀政男 昭和6年 1931
6.影を慕いて 藤山一郎 作詞・作曲 古賀政男 昭和7年 1932
7.僕の東京 藤山一郎 作詞 藤浦洸 作曲 竹岡信幸 昭和14年 1939
8.夢淡き東京 藤山一郎 作詞 サトウ・ハチロー 作曲 古関裕而 昭和22年 1947
9.東京ノスタルジア 藤山一郎 作詞 サトウ・ハチロー 作曲 古関裕而 昭27年 1952
10.丘は花ざかり 藤山一郎 作詞 西條八十 作曲 服部良一 昭和27年 1952
深夜便の歌
冬の旅 倍賞千恵子 作詞 五木寛之 作曲 小六禮次郎
4曲目の「浅草の唄」には、小生調べたところ、同名異曲があります。昭和8年(1933)の作詞 西條八十 作曲 中山晋平 によるもので、同じく藤山一郎さんが歌っています。
アンカー Anchor: 水野節彦(Mizuno-Sadahiko) さん
♪曲目 playlist♪
1.男の純情 藤山一郎 作詞 佐藤惣之助 作曲 古賀政男 昭和11年 1936
2.長崎の鐘 藤山一郎 作詞 サトウハチロー 作曲 古関裕而 昭和24年 1949
3.回想譜 藤山一郎 作詞 今城靖児 作曲 古賀政男 昭和11年 1936
4.浅草の唄 藤山一郎 作詞 サトウ・ハチロー 作曲 万城目正 昭和22年 1947
5.丘を越えて 藤山一郎 作詞 島田芳文 作曲 古賀政男 昭和6年 1931
6.影を慕いて 藤山一郎 作詞・作曲 古賀政男 昭和7年 1932
7.僕の東京 藤山一郎 作詞 藤浦洸 作曲 竹岡信幸 昭和14年 1939
8.夢淡き東京 藤山一郎 作詞 サトウ・ハチロー 作曲 古関裕而 昭和22年 1947
9.東京ノスタルジア 藤山一郎 作詞 サトウ・ハチロー 作曲 古関裕而 昭27年 1952
10.丘は花ざかり 藤山一郎 作詞 西條八十 作曲 服部良一 昭和27年 1952
深夜便の歌
冬の旅 倍賞千恵子 作詞 五木寛之 作曲 小六禮次郎
4曲目の「浅草の唄」には、小生調べたところ、同名異曲があります。昭和8年(1933)の作詞 西條八十 作曲 中山晋平 によるもので、同じく藤山一郎さんが歌っています。
4:00〜5:00JST こころの時代 Spirtual Age
アンカー Anchor: 水野節彦(Mizuno-Sadahiko) さん
インタビュアー Interviewer: 上野重喜(Ueno-Shigeki)さん
2006年12月15日(金)のアンコール放送
・昭和7年に麻布へ引っ越す。
・祖母から言われた、売れる商品は「て」の付くもの 手作り、手厚い、など。
・包む文化=美しくする・情感の文化 「袋」は詰め込む・理屈の文化
・企業と創業は違う。企業は誰でも出来る。創業は長く続けること
・祖母から「運がなかった」とはいわず、「縁がなかった」というもんだといわれた。
・東京の下町の人は「ぱぴぷぺぽ」と言えず、「ばびぶべぼ」になる。
・明治維新で武士がいなくなって、商売人が困り果てる。
・越後屋→三井銀行 家業の呉服部門を三越として分離する。三越徳衛門という架空の家を作った。
・大丸は江戸時代に庶民から支持されたが、明治44年に大阪に撤退する
・花王石鹸 舶来品への挑戦 永瀬富蔵 明治20年に独立して創業 銀行などに手を出して失敗し経営を退く。
・ライオン 明治26年に歯磨き粉を作る。「価格で釣るのは一時の客、品質で呼ぶのは永久の客」
・家業は万能に優れた人間第一の芸なり 家業は難しい、それを出来るのは大した者、誇りを持っていい。
・楠ならずとも梅の木もまたよし 小さな商売でも良いじゃないか。枝振りが良ければ。
・屏風と商人はゆがまなねば立たず 余裕を持って商売すべし
・商人は唐傘の如し 商売経営は伸縮自在。
・商は笑なり、笑顔・愛嬌忘れずべからず
・水と火と人は大なる宝なり、用心して使うべし
・これからインターネット時代になって文化と文化の衝突が起こる。
・文化の違いが商売のタネになる。
・国内でも、カップラーメンにも E と書いてあれば東日本、 W と書いてあれば西日本。味が違う。
・明治維新で士農工商から官農工商になった、(町の)商が歴史の主流から外れている。私はそれを拾い上げて歴史の中に位置付けたい。それが私の晩年の夢。
この内容は3月17日(土)発売の雑誌「ラジオ深夜便」4月号に掲載されるそうです。
アンカー Anchor: 水野節彦(Mizuno-Sadahiko) さん
インタビュアー Interviewer: 上野重喜(Ueno-Shigeki)さん
2006年12月15日(金)のアンコール放送
・昭和7年に麻布へ引っ越す。
・祖母から言われた、売れる商品は「て」の付くもの 手作り、手厚い、など。
・包む文化=美しくする・情感の文化 「袋」は詰め込む・理屈の文化
・企業と創業は違う。企業は誰でも出来る。創業は長く続けること
・祖母から「運がなかった」とはいわず、「縁がなかった」というもんだといわれた。
・東京の下町の人は「ぱぴぷぺぽ」と言えず、「ばびぶべぼ」になる。
・明治維新で武士がいなくなって、商売人が困り果てる。
・越後屋→三井銀行 家業の呉服部門を三越として分離する。三越徳衛門という架空の家を作った。
・大丸は江戸時代に庶民から支持されたが、明治44年に大阪に撤退する
・花王石鹸 舶来品への挑戦 永瀬富蔵 明治20年に独立して創業 銀行などに手を出して失敗し経営を退く。
・ライオン 明治26年に歯磨き粉を作る。「価格で釣るのは一時の客、品質で呼ぶのは永久の客」
・家業は万能に優れた人間第一の芸なり 家業は難しい、それを出来るのは大した者、誇りを持っていい。
・楠ならずとも梅の木もまたよし 小さな商売でも良いじゃないか。枝振りが良ければ。
・屏風と商人はゆがまなねば立たず 余裕を持って商売すべし
・商人は唐傘の如し 商売経営は伸縮自在。
・商は笑なり、笑顔・愛嬌忘れずべからず
・水と火と人は大なる宝なり、用心して使うべし
・これからインターネット時代になって文化と文化の衝突が起こる。
・文化の違いが商売のタネになる。
・国内でも、カップラーメンにも E と書いてあれば東日本、 W と書いてあれば西日本。味が違う。
・明治維新で士農工商から官農工商になった、(町の)商が歴史の主流から外れている。私はそれを拾い上げて歴史の中に位置付けたい。それが私の晩年の夢。
この内容は3月17日(土)発売の雑誌「ラジオ深夜便」4月号に掲載されるそうです。
2:00〜3:00JST ロマンチックコンサート Romantic Concert
アンカー Anchor: 国井雅比古(Kunii-Masahiko) さん
♪曲目 playlist♪
1.風に吹かれて(Blowin' In The Wind) ボブ・ディラン(Bob Dylan) 1963
2.連れてってよ(Baby, Let Me Follow You Down) ボブ・ディラン(Bob Dylan)1962
3.ウディに捧げる歌(Song To Woody) ボブ・ディラン(Bob Dylan) 1962
4.戦争の親玉(Masters of War) ボブ・ディラン(Bob Dylan) 1963
5.激しい雨が降る(A Hard Rain's A-Gonna Fall) ボブ・ディラン(Bob Dylan)1962
6.北国の少女(Girl From The North Country) ボブ・ディラン(Bob Dylan)1962
7.時代は変わる(The Times They Are A-Changin') ボブ・ディラン(Bob Dylan)1963
8.くよくよするなよ(Don't Think Twice, It's All Right) ボブ・ディラン(Bob Dylan)1963
9.ミスター・タンブリン・マン(Mr. Tambourine Man) ボブ・ディラン(Bob Dylan)1965
1965年ころまでの曲から選んだそうです。ボブ・ディランの1965年までのアルバムです。
BOB DYLAN / BOB DYLAN 1962年
BOB DYLAN / THE FREEWHEELIN' BOB DYLAN 1963年
BOB DYLAN / THE TIMES THEY ARE A-CHANGIN' 1964年
BOB DYLAN / ANOTHER SIDE OF BOB DYLAN 1964年
BOB DYLAN / BRINGING IT ALL BACK HOME 1965年
4曲目の「戦争の親玉」の訳詞がありました。小生、この曲は初めて(じっくり)聴きました。日本語の訳を見たら、政府・軍、軍需産業関係者を冷静に徹底的にこき下ろしていて、日本だったら放送できないだろうと思いました。さすが自由の国アメリカです。ちなみに、1991年のグラミー賞Lifetime Achievement賞の授賞式では対イラク戦争開始直後の好戦気分溢れる時期に、「戦争の親玉」を歌って聴衆の度胆を抜いたそうです。訳はこちら→ http://protestsongs.michikusa.jp/dylan/mastersofwar.htm
ラジオ深夜便の選曲スタッフに感服です。拍手です。
アンカー Anchor: 国井雅比古(Kunii-Masahiko) さん
♪曲目 playlist♪
1.風に吹かれて(Blowin' In The Wind) ボブ・ディラン(Bob Dylan) 1963
2.連れてってよ(Baby, Let Me Follow You Down) ボブ・ディラン(Bob Dylan)1962
3.ウディに捧げる歌(Song To Woody) ボブ・ディラン(Bob Dylan) 1962
4.戦争の親玉(Masters of War) ボブ・ディラン(Bob Dylan) 1963
5.激しい雨が降る(A Hard Rain's A-Gonna Fall) ボブ・ディラン(Bob Dylan)1962
6.北国の少女(Girl From The North Country) ボブ・ディラン(Bob Dylan)1962
7.時代は変わる(The Times They Are A-Changin') ボブ・ディラン(Bob Dylan)1963
8.くよくよするなよ(Don't Think Twice, It's All Right) ボブ・ディラン(Bob Dylan)1963
9.ミスター・タンブリン・マン(Mr. Tambourine Man) ボブ・ディラン(Bob Dylan)1965
1965年ころまでの曲から選んだそうです。ボブ・ディランの1965年までのアルバムです。
BOB DYLAN / BOB DYLAN 1962年
BOB DYLAN / THE FREEWHEELIN' BOB DYLAN 1963年
BOB DYLAN / THE TIMES THEY ARE A-CHANGIN' 1964年
BOB DYLAN / ANOTHER SIDE OF BOB DYLAN 1964年
BOB DYLAN / BRINGING IT ALL BACK HOME 1965年
4曲目の「戦争の親玉」の訳詞がありました。小生、この曲は初めて(じっくり)聴きました。日本語の訳を見たら、政府・軍、軍需産業関係者を冷静に徹底的にこき下ろしていて、日本だったら放送できないだろうと思いました。さすが自由の国アメリカです。ちなみに、1991年のグラミー賞Lifetime Achievement賞の授賞式では対イラク戦争開始直後の好戦気分溢れる時期に、「戦争の親玉」を歌って聴衆の度胆を抜いたそうです。訳はこちら→ http://protestsongs.michikusa.jp/dylan/mastersofwar.htm
ラジオ深夜便の選曲スタッフに感服です。拍手です。
3:00〜4:00JST にっぽんの歌こころの歌 Japanese Sweet Songs
アンカー Anchor: 国井雅比古(Kunii-Masahiko) さん
♪曲目 playlist♪
1.知らず知らずのうちに 宇崎竜童 作詞・作曲 宇崎竜童 平成14年 2002(昭和48年 1973)
2.港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ ダウン・タウン・ブギウギ・バンド 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 昭和40年 1975
3.プレイバックPart2 山口百恵 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 昭和53年 1978
4.硝子坂(ガラスざか) 高田みづえ 作詞 島武実 作曲 宇崎竜童 昭和52年 1977
5.笑いじわ 瀬川瑛子 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 平成7年 1995
6.海よ海よ 鳥羽一郎、宇崎竜童 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 平成14年 2002
7.身も心も 宇崎竜童 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 平成14年 2002(昭和52年 1977)
8.歌い継がれてゆく歌のように 宇崎竜童 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 平成6年 1994(昭和52年 1977)
深夜便の歌
冬の旅 倍賞千恵子 作詞 五木寛之 作曲 小六禮次郎
宇崎 竜童(うざき りゅうどう、昭和21年 1946年2月23日生まれ)ミュージシャン、作曲家。京都府京都市出身。明治大学法学部卒業大学時代は吹奏楽部に所属しトランペットを担当していた。本名は木村 修史(きむら・しゅうじ)。夫人は作詞家の阿木燿子。
宇崎竜童さんのホームページはこちら。→ http://www.ryudo.jp/
1曲目の「知らず知らずのうちに」はダウン・タウン・ブギウギ・バンドのデビュー曲だそうです。7曲目の「身も心も」と同じくセルフカバーで平成14年2002年の新しい音源(アルバム「SAD&BLUE」収録)です。
4曲目の「硝子坂」は木ノ内みどりさんが同じ昭和52年に歌っていました。
6曲目の「海よ海よ」はイントロで演歌かと思いましたが、鳥羽一郎さんと宇崎竜童さんおふたりの歌はどちらかというとロックでした。
8曲目の「歌い継がれてゆく歌のように」は平成6年・1994年に発売のアルバム「しなやかにしたたかに〜女たちへ2」に収録されています。この曲はもと山口百恵さんに提供された曲です。
国井アンカーの趣味(釣り)に関してお便りがありました。あるリスナーから、タチウオの立ち泳ぎをしている魚影が魚群探知機に掛かったので何とかしてつろうとしたが、釣果は数匹だったそうです。小生、テレビでタチウオが立ち泳ぎをして群れているのを見たとき、感動したことがありました。
アンカー Anchor: 国井雅比古(Kunii-Masahiko) さん
♪曲目 playlist♪
1.知らず知らずのうちに 宇崎竜童 作詞・作曲 宇崎竜童 平成14年 2002(昭和48年 1973)
2.港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ ダウン・タウン・ブギウギ・バンド 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 昭和40年 1975
3.プレイバックPart2 山口百恵 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 昭和53年 1978
4.硝子坂(ガラスざか) 高田みづえ 作詞 島武実 作曲 宇崎竜童 昭和52年 1977
5.笑いじわ 瀬川瑛子 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 平成7年 1995
6.海よ海よ 鳥羽一郎、宇崎竜童 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 平成14年 2002
7.身も心も 宇崎竜童 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 平成14年 2002(昭和52年 1977)
8.歌い継がれてゆく歌のように 宇崎竜童 作詞 阿木燿子 作曲 宇崎竜童 平成6年 1994(昭和52年 1977)
深夜便の歌
冬の旅 倍賞千恵子 作詞 五木寛之 作曲 小六禮次郎
宇崎 竜童(うざき りゅうどう、昭和21年 1946年2月23日生まれ)ミュージシャン、作曲家。京都府京都市出身。明治大学法学部卒業大学時代は吹奏楽部に所属しトランペットを担当していた。本名は木村 修史(きむら・しゅうじ)。夫人は作詞家の阿木燿子。
宇崎竜童さんのホームページはこちら。→ http://www.ryudo.jp/
1曲目の「知らず知らずのうちに」はダウン・タウン・ブギウギ・バンドのデビュー曲だそうです。7曲目の「身も心も」と同じくセルフカバーで平成14年2002年の新しい音源(アルバム「SAD&BLUE」収録)です。
4曲目の「硝子坂」は木ノ内みどりさんが同じ昭和52年に歌っていました。
6曲目の「海よ海よ」はイントロで演歌かと思いましたが、鳥羽一郎さんと宇崎竜童さんおふたりの歌はどちらかというとロックでした。
8曲目の「歌い継がれてゆく歌のように」は平成6年・1994年に発売のアルバム「しなやかにしたたかに〜女たちへ2」に収録されています。この曲はもと山口百恵さんに提供された曲です。
国井アンカーの趣味(釣り)に関してお便りがありました。あるリスナーから、タチウオの立ち泳ぎをしている魚影が魚群探知機に掛かったので何とかしてつろうとしたが、釣果は数匹だったそうです。小生、テレビでタチウオが立ち泳ぎをして群れているのを見たとき、感動したことがありました。
4:00〜5:00JST こころの時代 Spirtual Age
アンカー Anchor: 国井雅比古(Kunii-Masahiko)さん
インタビュアー Interviewer: 上野重喜(Ueno-Shigeki)さん
2006年12月14日(木)のアンコール放送
・江戸は元禄と文化・文政の二つの時期に盛んになる。元禄の頃は上方の色が濃かった。
・初期は三河、小田原の商人(吉原を作る)、伊勢・近江商人の勢力が大きかった。江戸商人のルーツといえる。
・伊勢商人は木綿、白粉が取れ、伊勢神宮があって何もしないでも情報が入ってきた。大きな店、豊かな商人達だった。
・近江商人は戦乱の地だったので経済的には恵まれなかった。「のこぎり商売」といって、天秤棒を担ぎ、近江のものを別のところへ持っていって売り、帰りはその土地のものを買って帰って売る商売をした。
・明治になって近江商人がぐんと伸びた。彼らにって自由であればあるほど商売がやりやすかった。
・江戸の人口120万人で半分の60万人が武士だった。江戸詰の武士はたとえば、加賀藩は江戸に八千人、土佐藩三千人いた。
・御用商人になるとその藩のマーケット丸々独り占めできた。武家に依存した経済が成立した。
・武士は見栄っ張り、形式ばっていたので、贈答品が多かった。
・江戸は港の町だった。なんとか河岸がおおく水の文化、さらっとしてしいた。陸の文化とは正反対。
・婿養子が多い。「婿養子 三代続いて 蔵が立ち」。伊勢丹、高島屋など婿養子を迎えて発展した。
・商家では婿養子を取るために娘の教育を熱心に行った。
・下町の定義 坂がない、門がない、店と住居が同じ、人様に迷惑を懸けない、成金が嫌い、遠くに行きたがらない、など。
・江戸の客は店を決めてから買う、気に入らなくなったら急にその店に来なくなる。
続きは明日...
江戸って商売の方から見ても特殊な町だったんですね。
アンカー Anchor: 国井雅比古(Kunii-Masahiko)さん
インタビュアー Interviewer: 上野重喜(Ueno-Shigeki)さん
2006年12月14日(木)のアンコール放送
・江戸は元禄と文化・文政の二つの時期に盛んになる。元禄の頃は上方の色が濃かった。
・初期は三河、小田原の商人(吉原を作る)、伊勢・近江商人の勢力が大きかった。江戸商人のルーツといえる。
・伊勢商人は木綿、白粉が取れ、伊勢神宮があって何もしないでも情報が入ってきた。大きな店、豊かな商人達だった。
・近江商人は戦乱の地だったので経済的には恵まれなかった。「のこぎり商売」といって、天秤棒を担ぎ、近江のものを別のところへ持っていって売り、帰りはその土地のものを買って帰って売る商売をした。
・明治になって近江商人がぐんと伸びた。彼らにって自由であればあるほど商売がやりやすかった。
・江戸の人口120万人で半分の60万人が武士だった。江戸詰の武士はたとえば、加賀藩は江戸に八千人、土佐藩三千人いた。
・御用商人になるとその藩のマーケット丸々独り占めできた。武家に依存した経済が成立した。
・武士は見栄っ張り、形式ばっていたので、贈答品が多かった。
・江戸は港の町だった。なんとか河岸がおおく水の文化、さらっとしてしいた。陸の文化とは正反対。
・婿養子が多い。「婿養子 三代続いて 蔵が立ち」。伊勢丹、高島屋など婿養子を迎えて発展した。
・商家では婿養子を取るために娘の教育を熱心に行った。
・下町の定義 坂がない、門がない、店と住居が同じ、人様に迷惑を懸けない、成金が嫌い、遠くに行きたがらない、など。
・江戸の客は店を決めてから買う、気に入らなくなったら急にその店に来なくなる。
続きは明日...
江戸って商売の方から見ても特殊な町だったんですね。
2:00〜3:00JST ロマンチックコンサート Romantic Concert
アンカー Anchor: 明石勇(Akashi-Isamu) さん
♪曲目 playlist♪
1.Whisper Not Lee Morgan(tp), Benny Golson(ts), Bobby Timmons(p), Jymie Merritt(b), Art Blakey(d) "L'Olympia", Paris November 22, 1958
2.Softly, As In A Morning Sunrise The Modern Jazz Quartet - Milt Jackson(vib), John Lewis(p), Percy Heath(b), Connie Kay(d) July 2, 1955
3.Violets For Your Furs John Coltrane(ts), Red Garland(p), Paul Chambers(b), Albert Heath(d) May 31, 1957
4.Sunday Morning Kenny Drew(p), Grant Green(g), Ben Tucker(b), Ben Dixon(d) June 4, 1961
5.Bouncing With Bud Fats Navarro(tp), Sonny Rollins(ts), Bud Powell(p), Tommy Potter(b), Roy Haynes(d) August 9, 1949
6.Dear Old Stockholm Miles Davis(tp), J.J. Johnson(tb), Jackie McLean(as), Gil Coggins(p), Oscar Pettiford(b), Kenny Clarke(d) May 9, 1952
7.Lover Don Arnone(g), Tal Farlow(g), Clyde Lombardi(b), Joe Morello(d) April 11, 1954
日本語の題名は下のようになります。
1.ウィスパー・ノット(Whisper Not)
2.朝日のようにさわやかに(Softly, As In A Morning Sunrise)
3.コートにすみれを(Violets For Your Furs)
4.サンディ・モーニン(Sunday Morning)
5.バウンシング・ウィズ・バド(Bouncing With Bud)
6.ディア・オールド・ストックホルム(Dear Old Stockholm)
7.ラバー(Lover)
アンカー Anchor: 明石勇(Akashi-Isamu) さん
♪曲目 playlist♪
1.Whisper Not Lee Morgan(tp), Benny Golson(ts), Bobby Timmons(p), Jymie Merritt(b), Art Blakey(d) "L'Olympia", Paris November 22, 1958
2.Softly, As In A Morning Sunrise The Modern Jazz Quartet - Milt Jackson(vib), John Lewis(p), Percy Heath(b), Connie Kay(d) July 2, 1955
3.Violets For Your Furs John Coltrane(ts), Red Garland(p), Paul Chambers(b), Albert Heath(d) May 31, 1957
4.Sunday Morning Kenny Drew(p), Grant Green(g), Ben Tucker(b), Ben Dixon(d) June 4, 1961
5.Bouncing With Bud Fats Navarro(tp), Sonny Rollins(ts), Bud Powell(p), Tommy Potter(b), Roy Haynes(d) August 9, 1949
6.Dear Old Stockholm Miles Davis(tp), J.J. Johnson(tb), Jackie McLean(as), Gil Coggins(p), Oscar Pettiford(b), Kenny Clarke(d) May 9, 1952
7.Lover Don Arnone(g), Tal Farlow(g), Clyde Lombardi(b), Joe Morello(d) April 11, 1954
日本語の題名は下のようになります。
1.ウィスパー・ノット(Whisper Not)
2.朝日のようにさわやかに(Softly, As In A Morning Sunrise)
3.コートにすみれを(Violets For Your Furs)
4.サンディ・モーニン(Sunday Morning)
5.バウンシング・ウィズ・バド(Bouncing With Bud)
6.ディア・オールド・ストックホルム(Dear Old Stockholm)
7.ラバー(Lover)
3:00〜4:00JST にっぽんの歌こころの歌 Japanese Sweet Songs
アンカー Anchor: 明石勇(Akashi-Isamu) さん
♪曲目 playlist♪
1.星のフラメンコ 西郷輝彦 作詞・作曲 浜口庫之助 昭和41年 1966
2.こまっちゃうナ 山本リンダ 作詞・作曲 遠藤実 昭和41年 1966
3.函館の女(はこだてのひと) 北島三郎 作詞 星野哲郎 作曲 島津伸男 昭和40年 1965
4.ネオン川 バーブ佐竹 作詞 横井弘 作曲 佐伯としを 昭和41年 1966
5.悲しい酒 美空ひばり 作詞 石本美由起 作曲 古賀政男 昭和41年 1966
6.絶唱 舟木一夫 作詞 西條八十 作曲 市川昭介 昭和41年 1966
7.ほんきかしら 島倉千代子、岡田みのるとヤング・トーンズ 作詞 岩谷時子 作曲 土田啓四郎 昭和41年 1966
8.唐獅子牡丹 高倉健 作詞 水城一狼 作詞 矢野亮 作曲 水城一狼 昭和40年 1965
9.逢いたくて逢いたくて 園まり 作詞 岩谷時子 作曲 宮川泰 昭和41年 1966
深夜便の歌
恋 はるか 南こうせつ 作詞 喜多條忠 作曲 南こうせつ
昭和41年の出来事を明石アンカーが解説しました。航空機事故が頻発しました。YS11松山空港沖で墜落など。敬老の日、体育の日、実施 人口が1億人突破。交通事故死が最高。いざなぎ景気、新三種の神器。文化大革命紅衛兵100万人集会など。
7曲目の「ほんきかしら」の男性コーラスを歌っているグループが気になったので、小生が調べて追記しています。
アンカー Anchor: 明石勇(Akashi-Isamu) さん
♪曲目 playlist♪
1.星のフラメンコ 西郷輝彦 作詞・作曲 浜口庫之助 昭和41年 1966
2.こまっちゃうナ 山本リンダ 作詞・作曲 遠藤実 昭和41年 1966
3.函館の女(はこだてのひと) 北島三郎 作詞 星野哲郎 作曲 島津伸男 昭和40年 1965
4.ネオン川 バーブ佐竹 作詞 横井弘 作曲 佐伯としを 昭和41年 1966
5.悲しい酒 美空ひばり 作詞 石本美由起 作曲 古賀政男 昭和41年 1966
6.絶唱 舟木一夫 作詞 西條八十 作曲 市川昭介 昭和41年 1966
7.ほんきかしら 島倉千代子、岡田みのるとヤング・トーンズ 作詞 岩谷時子 作曲 土田啓四郎 昭和41年 1966
8.唐獅子牡丹 高倉健 作詞 水城一狼 作詞 矢野亮 作曲 水城一狼 昭和40年 1965
9.逢いたくて逢いたくて 園まり 作詞 岩谷時子 作曲 宮川泰 昭和41年 1966
深夜便の歌
恋 はるか 南こうせつ 作詞 喜多條忠 作曲 南こうせつ
昭和41年の出来事を明石アンカーが解説しました。航空機事故が頻発しました。YS11松山空港沖で墜落など。敬老の日、体育の日、実施 人口が1億人突破。交通事故死が最高。いざなぎ景気、新三種の神器。文化大革命紅衛兵100万人集会など。
7曲目の「ほんきかしら」の男性コーラスを歌っているグループが気になったので、小生が調べて追記しています。
2:00〜3:00JST ロマンチックコンサート Romantic Concert
アンカー Anchor: 加賀美幸子(Kagami-Sachiko) さん
♪曲目 playlist♪
1.coin De Rue(街角) Charles Trenet(シャルル・トレネ) 作詞・作曲 Charles Trenet 1954
2.Mon Manege A Moi(私の回転木馬) Édith Piaf(エディット・ピアフ) 作詞 Jean Constantin 作曲 Norbert Glanzberg 1958
3.Le Temps des cerises(さくらんぼの実る頃) Cora Vaucaire(コラボ・ケール) 作詞 Jean-Baptiste Clément 作曲 Antoine Renard (1866)
4.Je T'appartiens(神の思いのままに) Gilbert Bécaud(ジルベール・ベコー) 作詞 Pierre Delanoë 作曲 Gilbert Bécaud
5.L'amour C'est Pour Rien(恋心) Enrico Macias(エンリコ・マシアス) 作詞 Pascal-Rene Blanc 作曲 Enrico Macias
6.Ne me Quitte Pas(行かないで) Jacques Brel(ジャック・ブレル) 作詞・作曲 Jacques Brel
7.La Bohème(ラ・ボエーム) Charles Aznavour(シャルル・アズナヴール) 作詞 Jacques Plante 作曲 Charles Aznavour
8.Adieu(アデュー) Yvette Giraud(イベット・ジロー) 作詞 Charles Aznavour 作曲 Henri Byrs
9.Le Gondolier(ゴンドリエ) Gloria Lasso(グロリア・ラッソ) 原詩(イタリア語) P.De Angelis, R.P.Marcucci 仏語詞 Jean Broussolle 作曲 Pete De Angelis 1957
10.Moulin Rouge(ムーラン・ルージュの歌) Georges Guetary(ジョルジュ・ゲタリ) 作詞 Jacques Larue 作曲 Georges Auric 1952
11.Mon Coeur Est Un Violon(私の心はバイオリン) André Claveau(アンドレ・クラボー) 作詞・作曲 Miarka Laparcerie 1954(1947)
小生、フランス語はまったく分かりません。インターネットで調べて貼り付けたままなので、間違いがある可能性があります。ご了承ください。
アンカー Anchor: 加賀美幸子(Kagami-Sachiko) さん
♪曲目 playlist♪
1.coin De Rue(街角) Charles Trenet(シャルル・トレネ) 作詞・作曲 Charles Trenet 1954
2.Mon Manege A Moi(私の回転木馬) Édith Piaf(エディット・ピアフ) 作詞 Jean Constantin 作曲 Norbert Glanzberg 1958
3.Le Temps des cerises(さくらんぼの実る頃) Cora Vaucaire(コラボ・ケール) 作詞 Jean-Baptiste Clément 作曲 Antoine Renard (1866)
4.Je T'appartiens(神の思いのままに) Gilbert Bécaud(ジルベール・ベコー) 作詞 Pierre Delanoë 作曲 Gilbert Bécaud
5.L'amour C'est Pour Rien(恋心) Enrico Macias(エンリコ・マシアス) 作詞 Pascal-Rene Blanc 作曲 Enrico Macias
6.Ne me Quitte Pas(行かないで) Jacques Brel(ジャック・ブレル) 作詞・作曲 Jacques Brel
7.La Bohème(ラ・ボエーム) Charles Aznavour(シャルル・アズナヴール) 作詞 Jacques Plante 作曲 Charles Aznavour
8.Adieu(アデュー) Yvette Giraud(イベット・ジロー) 作詞 Charles Aznavour 作曲 Henri Byrs
9.Le Gondolier(ゴンドリエ) Gloria Lasso(グロリア・ラッソ) 原詩(イタリア語) P.De Angelis, R.P.Marcucci 仏語詞 Jean Broussolle 作曲 Pete De Angelis 1957
10.Moulin Rouge(ムーラン・ルージュの歌) Georges Guetary(ジョルジュ・ゲタリ) 作詞 Jacques Larue 作曲 Georges Auric 1952
11.Mon Coeur Est Un Violon(私の心はバイオリン) André Claveau(アンドレ・クラボー) 作詞・作曲 Miarka Laparcerie 1954(1947)
小生、フランス語はまったく分かりません。インターネットで調べて貼り付けたままなので、間違いがある可能性があります。ご了承ください。
3:00〜4:00JST にっぽんの歌こころの歌 Japanese Sweet Songs
アンカー Anchor: 加賀美幸子(Kagami-Sachiko) さん
♪曲目 playlist♪
1.夜来香(イェライシャン) 山口淑子 作詞 佐伯孝夫 作曲 黎錦光 昭和25年 1950
2.黒いパイプ 二葉あき子、近江俊郎 作詞 サトウ・ハチロー 作曲 服部良一 昭和21年 1946
3.ダンディ気質 田端義夫 作詞 清水みのる 作曲 大久保徳二郎 昭和23年 1948
4.港に灯りのともる頃 柴田つる子 作詞 藤浦洸 作曲 平川英夫 昭和21年 1946
5.江ノ島エレジー 菅原都々子 作詞 大高ひさを 作曲 倉若晴生 昭和26年 1951
6.お俊恋唄 榎本美佐江 作詞 吉川静夫 作曲 佐々木俊一 昭和28年 1953
7.薔薇を召しませ 小畑実 作詞 石本美由起 作曲 上原げんと 昭和24年 1949
8.ミネソタの卵売り 暁テル子 作詞 佐伯孝夫 作曲 利根一郎 昭和26年 1951
9.母紅梅の唄 菊池章子 作詞 清水みのる 作曲 利根一郎 昭和24年 1949
10.啼くな小鳩よ 岡晴夫 作詞 高橋掬太郎 作曲 飯田三郎 昭和22年 1947
深夜便の歌
恋 はるか 南こうせつ 作詞 喜多條忠 作曲 南こうせつ
8曲目の「ミネソタの卵売り」は小生の記憶ではアニメ「ちびまるこちゃん」(1990年〜1992年 第一期放送)の中でまるこが歌っていました。
話は少しずれますが、70年代にハウス食品のインスタントラーメンのCMソング
わたしはハウスのたまごめん。(ハウス シャンメン ためごめん)
をアニメの歌手、前川陽子さんが歌っていました。前川さんは『ひょっこりひょうたん島』、『キューティーハニー』(終わりの歌)、『魔法のマンボ』などなど、歴史に残るアニメの名曲、たくさんのCMソングをうたっています。曲と声を聞けば聴いたことがあると思う人が多いのではないでしょうか(40歳以上なら)。「キューティハニー」は倖田來未さんが歌いましたが、パンチの効き方から言うと前川陽子さんのほうが勝っていると思います。前川陽子さんは現在でも活躍中です。話が脱線して失礼しました。脱線ついでに、前川陽子さんのホームページをご紹介します。→http://web.mac.com/mgc5/iWeb/721F6803-0C30-4ECC-851B-81C69B433A01/Home.html
10曲目の「啼くな小鳩よ」は小生、今まで「泣くな小鳩よ」だとばかり思っていました。レコードも持っていないし、ラジオでは曲の紹介を「なくなこばとよ」と聞くだけですから、インターネットで調べて確認するまで勘違いの漢字で記憶していたのでした。
アンカー Anchor: 加賀美幸子(Kagami-Sachiko) さん
♪曲目 playlist♪
1.夜来香(イェライシャン) 山口淑子 作詞 佐伯孝夫 作曲 黎錦光 昭和25年 1950
2.黒いパイプ 二葉あき子、近江俊郎 作詞 サトウ・ハチロー 作曲 服部良一 昭和21年 1946
3.ダンディ気質 田端義夫 作詞 清水みのる 作曲 大久保徳二郎 昭和23年 1948
4.港に灯りのともる頃 柴田つる子 作詞 藤浦洸 作曲 平川英夫 昭和21年 1946
5.江ノ島エレジー 菅原都々子 作詞 大高ひさを 作曲 倉若晴生 昭和26年 1951
6.お俊恋唄 榎本美佐江 作詞 吉川静夫 作曲 佐々木俊一 昭和28年 1953
7.薔薇を召しませ 小畑実 作詞 石本美由起 作曲 上原げんと 昭和24年 1949
8.ミネソタの卵売り 暁テル子 作詞 佐伯孝夫 作曲 利根一郎 昭和26年 1951
9.母紅梅の唄 菊池章子 作詞 清水みのる 作曲 利根一郎 昭和24年 1949
10.啼くな小鳩よ 岡晴夫 作詞 高橋掬太郎 作曲 飯田三郎 昭和22年 1947
深夜便の歌
恋 はるか 南こうせつ 作詞 喜多條忠 作曲 南こうせつ
8曲目の「ミネソタの卵売り」は小生の記憶ではアニメ「ちびまるこちゃん」(1990年〜1992年 第一期放送)の中でまるこが歌っていました。
話は少しずれますが、70年代にハウス食品のインスタントラーメンのCMソング
わたしはハウスのたまごめん。(ハウス シャンメン ためごめん)
をアニメの歌手、前川陽子さんが歌っていました。前川さんは『ひょっこりひょうたん島』、『キューティーハニー』(終わりの歌)、『魔法のマンボ』などなど、歴史に残るアニメの名曲、たくさんのCMソングをうたっています。曲と声を聞けば聴いたことがあると思う人が多いのではないでしょうか(40歳以上なら)。「キューティハニー」は倖田來未さんが歌いましたが、パンチの効き方から言うと前川陽子さんのほうが勝っていると思います。前川陽子さんは現在でも活躍中です。話が脱線して失礼しました。脱線ついでに、前川陽子さんのホームページをご紹介します。→http://web.mac.com/mgc5/iWeb/721F6803-0C30-4ECC-851B-81C69B433A01/Home.html
10曲目の「啼くな小鳩よ」は小生、今まで「泣くな小鳩よ」だとばかり思っていました。レコードも持っていないし、ラジオでは曲の紹介を「なくなこばとよ」と聞くだけですから、インターネットで調べて確認するまで勘違いの漢字で記憶していたのでした。
2:00〜3:00JST ロマンチックコンサート Romantic Concert
アンカー Anchor: 政野光伯(Masano-Mitsunori) さん
♪曲目 playlist♪
1.津軽のふるさと 美空ひばり 作詞・作曲 米山正夫 昭和27年 1952
2.白い思い出 ダ・カーポ 作詞・作曲 山崎唯 (昭和43年 1968年)
3.雪の手紙 夢慧(ゆめさと) 作詞 西條八十 作曲 夢慧
4.雪山賛歌 ダーク・ダックス 作詞 西堀栄三郎 アメリカ民謡「クレメンタイン」 昭和26年 1951
5.雪の降るまちを ダーク・ダックス 作詞 内村直也 作曲 中田喜直 昭和27年 1952
6.十和田湖 北島三郎 作詞 北川文化 作曲 原譲二 平成11年 1999
7.津軽海峡冬景色 石川さゆり 作詞 阿久悠 作曲 三木たかし 昭和52年 1977
青森県にまつわるリスナーからのお便りと共にリクエスト曲が放送されました。
アンカー Anchor: 政野光伯(Masano-Mitsunori) さん
♪曲目 playlist♪
1.津軽のふるさと 美空ひばり 作詞・作曲 米山正夫 昭和27年 1952
2.白い思い出 ダ・カーポ 作詞・作曲 山崎唯 (昭和43年 1968年)
3.雪の手紙 夢慧(ゆめさと) 作詞 西條八十 作曲 夢慧
4.雪山賛歌 ダーク・ダックス 作詞 西堀栄三郎 アメリカ民謡「クレメンタイン」 昭和26年 1951
5.雪の降るまちを ダーク・ダックス 作詞 内村直也 作曲 中田喜直 昭和27年 1952
6.十和田湖 北島三郎 作詞 北川文化 作曲 原譲二 平成11年 1999
7.津軽海峡冬景色 石川さゆり 作詞 阿久悠 作曲 三木たかし 昭和52年 1977
青森県にまつわるリスナーからのお便りと共にリクエスト曲が放送されました。
3:00〜4:00JST にっぽんの歌こころの歌 Japanese Sweet Songs
アンカー Anchor: 政野光伯(Masano-Mitsunori) さん
♪曲目 playlist♪
1.南部馬方三下り 山本謙司(唄)、夏坂菊男(三味線)
2.八戸小唄 三橋美智也
3.なにゃどやら 山本謙司(唄)、夏坂菊男(三味線)
4.津軽じょんから節(新節) 山上進(三味線)
深夜便のつどい 青森県八戸市 明石勇アンカー、遠藤ふき子アンカー
・明石アンカー(1941年生まれ)は区役所から高齢者向けの銭湯のタダ券を贈ってもらったそうです。
・八戸はがつがつした観光開発をしていないのがいいと明石アンカーは言っていました。
・ご自分達の生活を大事にしている様子がわかりましたとも言っていました。
・明石アンカーが「みかんの花咲く丘」のハモニカ演奏をしました。NHKホールでの演奏以来です。
深夜便の歌
恋 はるか 南こうせつ 作詞 喜多條忠 作曲 南こうせつ
1曲目の「津軽馬方三下り」の「三下り(さんさがり)」とは三味線のチューニングのことだそうです。
知りたがりやの小生が調べてみました。
本調子は、一の糸の完全四度上に二の糸を合わせ、二の糸の完全五度上に三の糸を合わせる。
三下りは、一の糸の完全四度上に二の糸を合わせ、二の糸の完全四度上に三の糸を合わせる。
とのことでした。
2曲目の「八戸小唄」は昭和6年に当時の市長が八戸の宣伝の為に要請して作ったのだそうです。盆踊りで踊っていたというお便りが読まれました。
3曲目の「なにゃどやら」は「なにゃとやら」とも。昔、南部藩の初代藩主が初めて八戸についたとき、土地の人々の言葉がわからず、「何が何なにやら何とやら」を「なにゃとやら」と言ったところから生まれた盆踊り唄ということですが、他にも諸説あるそうです。
4曲目の「津軽じょんから節」には明治時代の旧節(きゅうぶし)、大正時代の中節(なかぶし)、その後の新節(しんぶし)と時代によって異なる節回しがあるそうです。
アンカー Anchor: 政野光伯(Masano-Mitsunori) さん
♪曲目 playlist♪
1.南部馬方三下り 山本謙司(唄)、夏坂菊男(三味線)
2.八戸小唄 三橋美智也
3.なにゃどやら 山本謙司(唄)、夏坂菊男(三味線)
4.津軽じょんから節(新節) 山上進(三味線)
深夜便のつどい 青森県八戸市 明石勇アンカー、遠藤ふき子アンカー
・明石アンカー(1941年生まれ)は区役所から高齢者向けの銭湯のタダ券を贈ってもらったそうです。
・八戸はがつがつした観光開発をしていないのがいいと明石アンカーは言っていました。
・ご自分達の生活を大事にしている様子がわかりましたとも言っていました。
・明石アンカーが「みかんの花咲く丘」のハモニカ演奏をしました。NHKホールでの演奏以来です。
深夜便の歌
恋 はるか 南こうせつ 作詞 喜多條忠 作曲 南こうせつ
1曲目の「津軽馬方三下り」の「三下り(さんさがり)」とは三味線のチューニングのことだそうです。
知りたがりやの小生が調べてみました。
本調子は、一の糸の完全四度上に二の糸を合わせ、二の糸の完全五度上に三の糸を合わせる。
三下りは、一の糸の完全四度上に二の糸を合わせ、二の糸の完全四度上に三の糸を合わせる。
とのことでした。
2曲目の「八戸小唄」は昭和6年に当時の市長が八戸の宣伝の為に要請して作ったのだそうです。盆踊りで踊っていたというお便りが読まれました。
3曲目の「なにゃどやら」は「なにゃとやら」とも。昔、南部藩の初代藩主が初めて八戸についたとき、土地の人々の言葉がわからず、「何が何なにやら何とやら」を「なにゃとやら」と言ったところから生まれた盆踊り唄ということですが、他にも諸説あるそうです。
4曲目の「津軽じょんから節」には明治時代の旧節(きゅうぶし)、大正時代の中節(なかぶし)、その後の新節(しんぶし)と時代によって異なる節回しがあるそうです。
4:00〜5:00JST こころの時代 Spirtual Age
アンカー Anchor: 政野光伯(Masano-Mitsunori) さん
三浦雄一郎(みうら ゆういちろう、Miura-Yuuichiro 1932年10月12日 生まれ)青森市出身まれのプロスキーヤー及び登山家。
・中学3年の春に「岩木山弾丸(?)滑降大会」に出場し優勝する。これにより青森県のスキーの強化選手となる。
・高校時代は野外で遊んだり、スキー部で練習したりで勉強する時間がなかったが、時間を見つけてはこまめに勉強した。
・大学はお金が掛からない北大に入学した。私は多分入試の採点ミスで合格したのだろう。
・スキーばっかりしていて、学部移行のとき点数が低かったので獣医学部に行った。
・獣医学部の大学院に行こうとしてたら、新しい研究室の助手にならないかといわれてなった。
・徹夜をいとわず実験をした。トコロテン式でいずれ助教授になれるのだが、スキーへの思い絶ち難かった。
・大学の(助手時代に結婚した)奥さんの精神的支援もあって大学を退職した。
・青森に戻りスキーでオリンピックに出ようとするが、青森のスキー連盟と対立して永久追放される。
・人生のはしごをはずされた形になった。その後、東京で運動用品店で働き、さらに立山で強力をした。
・30歳近くなって、第一回世界プロスキー選手権に飛び入りで参加して8位になる。別の大会では3位になる。
・スピードスキーに挑戦し、防衛庁の航空研究所で実験、トレーニング、を重ねて172.08Km/hをだす。
・富士山直滑降をやる。そのうちにスキーのデモンストレーション映画に出演した。
・エベレストのスキー滑降・パラシュートストップを行い、石原プロが映画化した。英訳されて1976年のアカデミー賞を貰う。
・7大陸の最高峰からスキー滑降した。56才でやり遂げた。
・引退するとトレーニングしなくなり、良く食べたので太ってメタボリックシンドロームになった。
・単なるデブで死んでいくのかと愕然とし、再度エベレストに登りたくなってトレーニングすることを65才で決心した。
・半年山歩きを続けた。最後には片足10kgづつ、背中に30Kgの重りをつけて階段を上り下りできればエベレストを登れるだろうと思った。
・人間体を使わなくなると体力が落ちる。70歳でも適切なトレーニングすると体力年齢は5年10年と若返る。
・大きく口を開けて、舌を思いっきり出し、右、左、前とトレーニングをするとよい。朝150回やる。
・思い立ったらトレーニングするとよい。小さくてもいいからやるとよい。
・75歳でエベレスト登頂に再挑戦(2008年初夏)する予定。
三浦雄一郎さんは講演のときトレーニングウェアに登山靴といういでたちだったそうです。
小生昔聴いた話では、北大では獣医学部に入るんだったら入学を許可しますよという条件付での入学が公式に行われたということです。ほんとかどうか確認できないですが、昔はそれほど獣医学部の人気がなかったです。現在とは大違いです。
最後に下の曲が放送されました。今聞いても南沙織さんはいい声だなあと思います。
春の予感 南沙織 作詞・作曲 尾崎亜美 昭和53年 1978
アンカー Anchor: 政野光伯(Masano-Mitsunori) さん
三浦雄一郎(みうら ゆういちろう、Miura-Yuuichiro 1932年10月12日 生まれ)青森市出身まれのプロスキーヤー及び登山家。
・中学3年の春に「岩木山弾丸(?)滑降大会」に出場し優勝する。これにより青森県のスキーの強化選手となる。
・高校時代は野外で遊んだり、スキー部で練習したりで勉強する時間がなかったが、時間を見つけてはこまめに勉強した。
・大学はお金が掛からない北大に入学した。私は多分入試の採点ミスで合格したのだろう。
・スキーばっかりしていて、学部移行のとき点数が低かったので獣医学部に行った。
・獣医学部の大学院に行こうとしてたら、新しい研究室の助手にならないかといわれてなった。
・徹夜をいとわず実験をした。トコロテン式でいずれ助教授になれるのだが、スキーへの思い絶ち難かった。
・大学の(助手時代に結婚した)奥さんの精神的支援もあって大学を退職した。
・青森に戻りスキーでオリンピックに出ようとするが、青森のスキー連盟と対立して永久追放される。
・人生のはしごをはずされた形になった。その後、東京で運動用品店で働き、さらに立山で強力をした。
・30歳近くなって、第一回世界プロスキー選手権に飛び入りで参加して8位になる。別の大会では3位になる。
・スピードスキーに挑戦し、防衛庁の航空研究所で実験、トレーニング、を重ねて172.08Km/hをだす。
・富士山直滑降をやる。そのうちにスキーのデモンストレーション映画に出演した。
・エベレストのスキー滑降・パラシュートストップを行い、石原プロが映画化した。英訳されて1976年のアカデミー賞を貰う。
・7大陸の最高峰からスキー滑降した。56才でやり遂げた。
・引退するとトレーニングしなくなり、良く食べたので太ってメタボリックシンドロームになった。
・単なるデブで死んでいくのかと愕然とし、再度エベレストに登りたくなってトレーニングすることを65才で決心した。
・半年山歩きを続けた。最後には片足10kgづつ、背中に30Kgの重りをつけて階段を上り下りできればエベレストを登れるだろうと思った。
・人間体を使わなくなると体力が落ちる。70歳でも適切なトレーニングすると体力年齢は5年10年と若返る。
・大きく口を開けて、舌を思いっきり出し、右、左、前とトレーニングをするとよい。朝150回やる。
・思い立ったらトレーニングするとよい。小さくてもいいからやるとよい。
・75歳でエベレスト登頂に再挑戦(2008年初夏)する予定。
三浦雄一郎さんは講演のときトレーニングウェアに登山靴といういでたちだったそうです。
小生昔聴いた話では、北大では獣医学部に入るんだったら入学を許可しますよという条件付での入学が公式に行われたということです。ほんとかどうか確認できないですが、昔はそれほど獣医学部の人気がなかったです。現在とは大違いです。
最後に下の曲が放送されました。今聞いても南沙織さんはいい声だなあと思います。
春の予感 南沙織 作詞・作曲 尾崎亜美 昭和53年 1978
1:00〜2:00JST 絵を語る Talk about the picture
アンカー 斎藤季夫(Kawano-Kazuie)さん
伊藤嘉章(いとう よしあき Itoh-Yoshiaki、 )1957年、岐阜県生まれ。名古屋大大学院修士課程修了。岐阜市歴史博物館を経て、東京国立博物館へ。同館陶磁室長を経て現在は文化財部平常展室長。専攻は日本陶磁史。中近世の陶磁史や近代工芸史を研究。
仁清(にんせい Ninsei)(生没年未詳)は,丹波国北桑田郡野々村(現京都府美山町)出身と伝える。名は清右衛門。瀬戸で修業し,京都粟田口に出て製作を始めた。正保年間(1644〜48)仁和寺門前に御室窯を開き,茶匠金森宗和(1584〜1656)の指導で茶器を焼き,轆轤成形と色絵付に卓越した才能を発揮した。仁和寺門跡から「仁」の字を与えられ仁清と号した。
・大きさは直径30cm弱の球状
・梅の老大木、紅白梅。但し、白梅の銀が酸化して黒くなっている。本来は銀色に輝く。
・月は正面からは見えない。梅の絵の裏側に月がある。
・当時、焼き物の色絵はシンプルに量産されたが、この絵は特別に描かれている
・茶の湯のリーダーが茶器を作らせた。
・茶壷は本来色絵で飾るものではなかった。茶壷はお茶を保存するためのもの。保存容器。
・仁清の茶壷は観賞用、壷の口に紙の封印をした形跡がない。
・京焼きは量産品を作らない。伊万里のような輸出用量産品とは異なる。
・リアルな幹とデザイン化された花。
・仁清がどのあたりまで作成にかかわったか不明。仁清工房の作品。仁清はアートディレクター。
・立体にいかに絵を書くか、仁清はこれを追い求めていた。
・この茶壷の絵は、視点を壷の中央において外側の空間に絵を投影したものとして見ると面白い。
・そのまま見てもよいが、展示する時、面白い視点を発見して楽しんでもらう仕掛けがある。
東京上野の東京国立博物館で3月18日まで展示(常設展)されている。
インタビューの中に出てきた壷の写真がありました。
色絵月梅図茶壺(東京国立博物館)
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=B07&processId=02&colid=G40
色絵藤花文茶壷(MOA美術館)
http://www.moaart.or.jp/japanese/art/industrialart0001.html
なるほど、これらの茶壷は鑑賞品(置物)ですね。でも一体誰が使っていたのでしょうか。そっちの歴史も気になるところです。
アンカー 斎藤季夫(Kawano-Kazuie)さん
伊藤嘉章(いとう よしあき Itoh-Yoshiaki、 )1957年、岐阜県生まれ。名古屋大大学院修士課程修了。岐阜市歴史博物館を経て、東京国立博物館へ。同館陶磁室長を経て現在は文化財部平常展室長。専攻は日本陶磁史。中近世の陶磁史や近代工芸史を研究。
仁清(にんせい Ninsei)(生没年未詳)は,丹波国北桑田郡野々村(現京都府美山町)出身と伝える。名は清右衛門。瀬戸で修業し,京都粟田口に出て製作を始めた。正保年間(1644〜48)仁和寺門前に御室窯を開き,茶匠金森宗和(1584〜1656)の指導で茶器を焼き,轆轤成形と色絵付に卓越した才能を発揮した。仁和寺門跡から「仁」の字を与えられ仁清と号した。
・大きさは直径30cm弱の球状
・梅の老大木、紅白梅。但し、白梅の銀が酸化して黒くなっている。本来は銀色に輝く。
・月は正面からは見えない。梅の絵の裏側に月がある。
・当時、焼き物の色絵はシンプルに量産されたが、この絵は特別に描かれている
・茶の湯のリーダーが茶器を作らせた。
・茶壷は本来色絵で飾るものではなかった。茶壷はお茶を保存するためのもの。保存容器。
・仁清の茶壷は観賞用、壷の口に紙の封印をした形跡がない。
・京焼きは量産品を作らない。伊万里のような輸出用量産品とは異なる。
・リアルな幹とデザイン化された花。
・仁清がどのあたりまで作成にかかわったか不明。仁清工房の作品。仁清はアートディレクター。
・立体にいかに絵を書くか、仁清はこれを追い求めていた。
・この茶壷の絵は、視点を壷の中央において外側の空間に絵を投影したものとして見ると面白い。
・そのまま見てもよいが、展示する時、面白い視点を発見して楽しんでもらう仕掛けがある。
東京上野の東京国立博物館で3月18日まで展示(常設展)されている。
インタビューの中に出てきた壷の写真がありました。
色絵月梅図茶壺(東京国立博物館)
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=B07&processId=02&colid=G40
色絵藤花文茶壷(MOA美術館)
http://www.moaart.or.jp/japanese/art/industrialart0001.html
なるほど、これらの茶壷は鑑賞品(置物)ですね。でも一体誰が使っていたのでしょうか。そっちの歴史も気になるところです。
2:00〜3:00JST リラックス・サウンズ Relax Sounds
アンカー 斎藤季夫(Kawano-Kazuie)さん
♪曲目 playlist♪
1.ランデブー(Rendezvous) 渡辺貞夫(as) 1984
2.カリフォルニア・シャワー(CALIFORNIA SHOWER) 渡辺貞夫(as) 1978
3.サンバ・ド・マルコス(SAMBA DO MARCOS) 渡辺貞夫(as) 1979
4.フィル・アップ・ザ・ナイト・ウィズ・ザ・ミュージック 渡辺貞夫(as) 1983
5.メイド・イン・コラソン(MADE IN CORACAO) 渡辺貞夫(as),Toquinho(g,vo) 1988
6.緑の風景 渡辺貞夫(as) 1997
7.マイ・ディア・ライフ 渡辺貞夫(as),ランディ・クロフォード(vo) 1977
8.オレンジ・エキスプレス 渡辺貞夫(as) 1984(1981)
渡辺 貞夫(わたなべ さだお、Watanabe-Sadao 1933年2月1日 生まれ )は、日本を代表するジャズサックスプレーヤー、作曲家。この2月で74歳。
渡辺貞夫さんのホームページです。→ http://www.sadao.com/index.html
1曲目「ランデブー」 アルバム「RENDEZVOUS」 Recorded Feb.& Mar.1984 in New York
2曲目「カリフォルニア・シャワー」 アルバム「CALIFORNIA SHOWER」Recorded Mar.1978 in Los Angeles
3曲目「サンバ・ド・マルコス」 アルバム「MORNING ISLAND」Recorded Mar.1979 in New York
4曲目「フィル・アップ・ザ・ナイト・・・」 アルバム「FILL UP THE NIGHT」Recorded Mar.& Apr.1983 in New York
5曲目「メイド・イン・コラソン」 アルバム「MADE IN CORACAO TOQUINHO」Recorded Jan. & Mar. 1988 in Sao Paulo
6曲目「緑の風景」 アルバム「黒い瞳」Recorded Nov.1995-1997 in Tokyo, New York, Los Angeles
7曲目「マイ・ディア・ライフ」 アルバム「MY DEAR LIFE」 Recorded Apr.26,28,1977 in Los Angeles & Jun.25,28,1977 in Tokyo
8曲目「オレンジ・エキスプレス」 アルバム「ORANGE EXPRESS」Recorded Apr. & May.1981 in New York
1曲目「ランデブー」の演奏メンバーは以下のとおりです。
渡辺貞夫(as),ラルフ・マクドナルド(per),マーカス・ミラー(b),スティーヴ・ガッド(ds)
エリック・ゲイル(g),リチャード・ティー(keys)
全員グローヴァー・ワシントンJr『ワインライト』(80年)のメンバーでした。その当時のニューヨーク・フュージョン界のスター達ばかりです。加えて、プロデュースが『ワインライト』同様ラルフ・マクドナルドです。道理で、なんかなじみがあるなあと思いつつナベサダを聴いたものでした。
全米で大ヒット、ビルボードのジャズチャート2位になりました。
4曲目の「フィル・アップ・ザ・ナイト」のボーカルはドラムスのグラディ・テイトでした。
7曲目の「マイ・ディア・ライフ」は渡辺貞夫さんのコンサートの終わりに演奏される曲だそうです。
現在でも活躍中で、ライブ演奏会の予定を見たら、東・北日本を演奏ツアーしているのだと思いますが、2,3月から活動をはじめ、4月は特に2日と開けず開催しているようです。74歳とは思えないパワーです。
アンカー 斎藤季夫(Kawano-Kazuie)さん
♪曲目 playlist♪
1.ランデブー(Rendezvous) 渡辺貞夫(as) 1984
2.カリフォルニア・シャワー(CALIFORNIA SHOWER) 渡辺貞夫(as) 1978
3.サンバ・ド・マルコス(SAMBA DO MARCOS) 渡辺貞夫(as) 1979
4.フィル・アップ・ザ・ナイト・ウィズ・ザ・ミュージック 渡辺貞夫(as) 1983
5.メイド・イン・コラソン(MADE IN CORACAO) 渡辺貞夫(as),Toquinho(g,vo) 1988
6.緑の風景 渡辺貞夫(as) 1997
7.マイ・ディア・ライフ 渡辺貞夫(as),ランディ・クロフォード(vo) 1977
8.オレンジ・エキスプレス 渡辺貞夫(as) 1984(1981)
渡辺 貞夫(わたなべ さだお、Watanabe-Sadao 1933年2月1日 生まれ )は、日本を代表するジャズサックスプレーヤー、作曲家。この2月で74歳。
渡辺貞夫さんのホームページです。→ http://www.sadao.com/index.html
1曲目「ランデブー」 アルバム「RENDEZVOUS」 Recorded Feb.& Mar.1984 in New York
2曲目「カリフォルニア・シャワー」 アルバム「CALIFORNIA SHOWER」Recorded Mar.1978 in Los Angeles
3曲目「サンバ・ド・マルコス」 アルバム「MORNING ISLAND」Recorded Mar.1979 in New York
4曲目「フィル・アップ・ザ・ナイト・・・」 アルバム「FILL UP THE NIGHT」Recorded Mar.& Apr.1983 in New York
5曲目「メイド・イン・コラソン」 アルバム「MADE IN CORACAO TOQUINHO」Recorded Jan. & Mar. 1988 in Sao Paulo
6曲目「緑の風景」 アルバム「黒い瞳」Recorded Nov.1995-1997 in Tokyo, New York, Los Angeles
7曲目「マイ・ディア・ライフ」 アルバム「MY DEAR LIFE」 Recorded Apr.26,28,1977 in Los Angeles & Jun.25,28,1977 in Tokyo
8曲目「オレンジ・エキスプレス」 アルバム「ORANGE EXPRESS」Recorded Apr. & May.1981 in New York
1曲目「ランデブー」の演奏メンバーは以下のとおりです。
渡辺貞夫(as),ラルフ・マクドナルド(per),マーカス・ミラー(b),スティーヴ・ガッド(ds)
エリック・ゲイル(g),リチャード・ティー(keys)
全員グローヴァー・ワシントンJr『ワインライト』(80年)のメンバーでした。その当時のニューヨーク・フュージョン界のスター達ばかりです。加えて、プロデュースが『ワインライト』同様ラルフ・マクドナルドです。道理で、なんかなじみがあるなあと思いつつナベサダを聴いたものでした。
全米で大ヒット、ビルボードのジャズチャート2位になりました。
4曲目の「フィル・アップ・ザ・ナイト」のボーカルはドラムスのグラディ・テイトでした。
7曲目の「マイ・ディア・ライフ」は渡辺貞夫さんのコンサートの終わりに演奏される曲だそうです。
現在でも活躍中で、ライブ演奏会の予定を見たら、東・北日本を演奏ツアーしているのだと思いますが、2,3月から活動をはじめ、4月は特に2日と開けず開催しているようです。74歳とは思えないパワーです。
3:00〜4:00JST にっぽんの歌こころの歌 Japanese Sweet Songs
アンカー 斎藤季夫(Kawano-Kazuie)さん
♪曲目 playlist♪
1.兄弟船 鳥羽一郎 作詞 星野哲郎 作曲 船村徹 昭和57年 1982
2.男の友情 青木光一 作詞 高野公男 作曲 船村徹 昭和32年 1957
3.東京だよおっ母さん 島倉千代子 作詞 野村俊夫 作曲 船村徹 昭和32年 1957
4.ダイナマイトが百五十屯 小林旭 作詞 関沢新一 作曲 船村徹 昭和33年 1958
5.王将 村田英雄 作詞 西條八十 作曲 船村徹 昭和36年 1961
6.宗谷岬 ダ・カーポ 作詞 吉田弘 作曲 船村徹 (1976)
7.風雪ながれ旅 北島三郎 作詞 星野哲郎 作曲 船村徹 昭和55年 1980
8.みだれ髪 美空ひばり 作詞 星野哲郎 作曲 船村 徹 昭和62年 1987
9.矢切の渡し 細川たかし 作詞 石本美由起 作曲 船村徹 昭和58年 1983
深夜便の歌
恋 はるか 南こうせつ 作詞 喜多條忠 作曲 南こうせつ
5曲目の「王将」を作曲した西條八十さんは将棋をまったく知らなかったそうです。作曲の船村徹さんも将棋を指すことは出来る程度だったのだそうです。
アンカー 斎藤季夫(Kawano-Kazuie)さん
♪曲目 playlist♪
1.兄弟船 鳥羽一郎 作詞 星野哲郎 作曲 船村徹 昭和57年 1982
2.男の友情 青木光一 作詞 高野公男 作曲 船村徹 昭和32年 1957
3.東京だよおっ母さん 島倉千代子 作詞 野村俊夫 作曲 船村徹 昭和32年 1957
4.ダイナマイトが百五十屯 小林旭 作詞 関沢新一 作曲 船村徹 昭和33年 1958
5.王将 村田英雄 作詞 西條八十 作曲 船村徹 昭和36年 1961
6.宗谷岬 ダ・カーポ 作詞 吉田弘 作曲 船村徹 (1976)
7.風雪ながれ旅 北島三郎 作詞 星野哲郎 作曲 船村徹 昭和55年 1980
8.みだれ髪 美空ひばり 作詞 星野哲郎 作曲 船村 徹 昭和62年 1987
9.矢切の渡し 細川たかし 作詞 石本美由起 作曲 船村徹 昭和58年 1983
深夜便の歌
恋 はるか 南こうせつ 作詞 喜多條忠 作曲 南こうせつ
5曲目の「王将」を作曲した西條八十さんは将棋をまったく知らなかったそうです。作曲の船村徹さんも将棋を指すことは出来る程度だったのだそうです。
1:00〜2:00JST 歴史にしたしむ
アンカー 川野一宇(Kawano-Kazuie)さん
安藤優一郎(あんどう ゆういちろう Andoh-Uichiro、 昭和40年・1965年生まれ )
日本の歴史学者。専門は日本近世史(都市史)。千葉県出身。早稲田大学教育学部卒業。同大学大学院文学研究科修了。『徳川将軍家の演出力』『徳川将軍家の演出力』『観光都市 江戸の誕生』『寛政改革の都市政策―江戸の米価安定と飯米確保』などの著作がある。
・将軍の威厳・威光を保つため、いろいろと儀礼的な決め事があった。
・徳川将軍が尾で島になると、「シー」と声がかかり静かにするように指示された。敬礼の意味。
・旗本・大名が将軍とお目見えできる。但し、面と向かって将軍の顔を見ることは出来なかった。
・武士は記録を余り残さなかった。明治初期に思い出して記述したか、幕末の外国人による記録がある。
・将軍から「面(おもて)を上げよ」と言われても、大名達は恐れ入って顔は上げなかった。
・将軍が公務で話す言葉は役者のセリフのように決まっており、老中任命の時には「念を入れて務めよ」。
・参勤交代で大名が領国へ帰る時に将軍が大名にかける言葉は「在所へのひまをやる。休息せい」。
・神田明神と山王神社のお祭りの時のみ庶民が江戸城に入り、将軍がそれをご覧になる。そのとき庶民は将軍と一体感を持つ。
・徳川家持が長州征伐のときに一度将軍が馬上の姿を江戸っ子に見せた。保土ヶ谷では外国人たちも見た。
・将軍は前将軍の祥月命日に寛永寺、増上寺に公務としておまいりに行く。
・将軍が鷹狩をする日は江戸市中は火を使ってはいけないので、風呂屋も休みになった。
・将軍の行列は家の窓からは見てはならなかった。
・将軍家の記念日には大名達は特産品を献上した。次第に費用が掛かって行った。
・貰ったものは将軍の側近たち、大奥に下げ渡された。
・献上品を買い上げ、必要な人に売る「献残屋」があった。リサイクルショップのような商売。
・大名達は年に一度、将軍に刀と馬を献上する決まりがあった。
・その刀は真剣ではなく、木で出来た模造品の刀を納めていた。献残屋から買って使い回ししていた。
・馬は馬代としてお金を献上した。江戸時代は儀礼を大切にしていた。
・町入能、将軍の跡取が生まれると江戸の町の代表者たちが江戸城に招かれ、将軍と共に能を見た。
・この日と、祭りが江戸城に入る日は無礼講で多少騒いでも許された。
・江戸を見ることによって現代が分かる。現代を見る一つの方法としてのよい材料だとおもう。
本当の江戸時代の社会は、時代劇のテレビドラマで見る江戸時代とはひどくかけ離れたものだろうなあと想像はしていましたが、もしタイムマシンがあって江戸時代に行ったとしたら、道徳や行動様式、価値観が現代と通じているようでも全体として考えた時はまるで外国のように思えるのでしょうね。
しばし三千万日本人のすんでいた江戸時代に思いを馳せたのでした。
アンカー 川野一宇(Kawano-Kazuie)さん
安藤優一郎(あんどう ゆういちろう Andoh-Uichiro、 昭和40年・1965年生まれ )
日本の歴史学者。専門は日本近世史(都市史)。千葉県出身。早稲田大学教育学部卒業。同大学大学院文学研究科修了。『徳川将軍家の演出力』『徳川将軍家の演出力』『観光都市 江戸の誕生』『寛政改革の都市政策―江戸の米価安定と飯米確保』などの著作がある。
・将軍の威厳・威光を保つため、いろいろと儀礼的な決め事があった。
・徳川将軍が尾で島になると、「シー」と声がかかり静かにするように指示された。敬礼の意味。
・旗本・大名が将軍とお目見えできる。但し、面と向かって将軍の顔を見ることは出来なかった。
・武士は記録を余り残さなかった。明治初期に思い出して記述したか、幕末の外国人による記録がある。
・将軍から「面(おもて)を上げよ」と言われても、大名達は恐れ入って顔は上げなかった。
・将軍が公務で話す言葉は役者のセリフのように決まっており、老中任命の時には「念を入れて務めよ」。
・参勤交代で大名が領国へ帰る時に将軍が大名にかける言葉は「在所へのひまをやる。休息せい」。
・神田明神と山王神社のお祭りの時のみ庶民が江戸城に入り、将軍がそれをご覧になる。そのとき庶民は将軍と一体感を持つ。
・徳川家持が長州征伐のときに一度将軍が馬上の姿を江戸っ子に見せた。保土ヶ谷では外国人たちも見た。
・将軍は前将軍の祥月命日に寛永寺、増上寺に公務としておまいりに行く。
・将軍が鷹狩をする日は江戸市中は火を使ってはいけないので、風呂屋も休みになった。
・将軍の行列は家の窓からは見てはならなかった。
・将軍家の記念日には大名達は特産品を献上した。次第に費用が掛かって行った。
・貰ったものは将軍の側近たち、大奥に下げ渡された。
・献上品を買い上げ、必要な人に売る「献残屋」があった。リサイクルショップのような商売。
・大名達は年に一度、将軍に刀と馬を献上する決まりがあった。
・その刀は真剣ではなく、木で出来た模造品の刀を納めていた。献残屋から買って使い回ししていた。
・馬は馬代としてお金を献上した。江戸時代は儀礼を大切にしていた。
・町入能、将軍の跡取が生まれると江戸の町の代表者たちが江戸城に招かれ、将軍と共に能を見た。
・この日と、祭りが江戸城に入る日は無礼講で多少騒いでも許された。
・江戸を見ることによって現代が分かる。現代を見る一つの方法としてのよい材料だとおもう。
本当の江戸時代の社会は、時代劇のテレビドラマで見る江戸時代とはひどくかけ離れたものだろうなあと想像はしていましたが、もしタイムマシンがあって江戸時代に行ったとしたら、道徳や行動様式、価値観が現代と通じているようでも全体として考えた時はまるで外国のように思えるのでしょうね。
しばし三千万日本人のすんでいた江戸時代に思いを馳せたのでした。
2:00〜3:00JST クラシックへの誘い Classic Music
アンカー 川野一宇(Kawano-Kazuie)さん
♪曲目 playlist♪
1.ピアノ五重奏曲「ます」 岩本真理(violin)、坪田正三(piano)ほか
2.歌曲「魔王」 ヘルマン・プライ(バリトン)、カール・エンゲル(piano)
3.楽興の時第3番 アルフレッド・ブレンデル(piano)
4.劇音楽「ロザムンデ」第2幕への間奏曲 クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団
5.歌曲集「冬の旅」から「菩提樹」 ディートリッヒ・フィッシャーディスカウ(バリトン)、ジェラルド・ムーア(piano)
6.三つの軍隊行進曲より第1番 ダニエル・バレンボイム(piano)
7.交響曲「未完成」から第2楽章 カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
8.チェロで弾く「アヴェ・マリア」 ミシャ・マイスキー(チェロ)、パーヴェル・ギリロフ(piano)
チェロで弾く「アヴェ・マリア」いいですね。演奏者が腰掛けてチェロを抱きかかえるようにして演奏しているのが眼に浮かぶようです。
シューベルトの墓地は、ウイーンにあって、ベートーベンの墓地の隣にあるそうです。
アンカー 川野一宇(Kawano-Kazuie)さん
♪曲目 playlist♪
1.ピアノ五重奏曲「ます」 岩本真理(violin)、坪田正三(piano)ほか
2.歌曲「魔王」 ヘルマン・プライ(バリトン)、カール・エンゲル(piano)
3.楽興の時第3番 アルフレッド・ブレンデル(piano)
4.劇音楽「ロザムンデ」第2幕への間奏曲 クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団
5.歌曲集「冬の旅」から「菩提樹」 ディートリッヒ・フィッシャーディスカウ(バリトン)、ジェラルド・ムーア(piano)
6.三つの軍隊行進曲より第1番 ダニエル・バレンボイム(piano)
7.交響曲「未完成」から第2楽章 カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
8.チェロで弾く「アヴェ・マリア」 ミシャ・マイスキー(チェロ)、パーヴェル・ギリロフ(piano)
チェロで弾く「アヴェ・マリア」いいですね。演奏者が腰掛けてチェロを抱きかかえるようにして演奏しているのが眼に浮かぶようです。
シューベルトの墓地は、ウイーンにあって、ベートーベンの墓地の隣にあるそうです。
3:00〜4:00JST にっぽんの歌こころの歌 Japanese Sweet Songs
アンカー 川野一宇(Kawano-Kazuie)さん
♪曲目 playlist♪
1.春夏秋冬 泉谷しげる 作詞・作曲 歌 泉谷しげる 昭和47年 1972
2.恋人もいないのに シモンズ 作詞 落合武士 作曲 西岡たかし 昭和46年 1971
3.地球はメリーゴーラウンド ガロ 作詞 山上路夫 作曲 日高富明 昭和47年 1972
4.魔法の黄色い靴 チューリップ 作詞・作曲 財津和夫 昭和47年 1972
5.メリー・ジェーン(Mary Jane) つのだひろ 作詞 Christpher Lyn 作曲 つのだひろ 昭和47年 1972
6.ウィスキーの小瓶 みなみらんぼう 作詞・作曲 みなみらんぼう 昭和48年 1973
7.少女 五輪真弓 作詞・作曲 五輪真弓 昭和47年 1972
8.一人ぼっちの部屋 高木麻早 作詞・作曲 高木麻早 昭和48年 1973
9.神田川 かぐや姫 作詞 喜多条忠 作曲 南こうせつ 昭和48年 1973
深夜便の歌
恋 はるか 南こうせつ 作詞 喜多條忠 作曲 南こうせつ
2曲目の「恋人もいないのに」を歌ったシモンズはいわゆる関西フォーク系の女性デュオで、田中ユミ、玉井タエさんのふたり組みです。小生その名前について調べてみたら、「サイモン&ガーファンクル」のサイモン(Simon)をローマ字読みして「シモン」+ズ としたことが分かりました。
6曲目の「ウィスキーの小瓶」を歌ったみなみらんぼうさんは、小生が始めて直接見た芸能人です。小生、誰かに連れられて東京に行った帰りのこと、昭和50年頃の古い羽田空港の搭乗手続きのフロアーに背が高く、ぱっと見て顔の長い人(失礼!)を見かけたので、良く見たらみなみらんぼうさんでした。
8曲目の「一人ぼっちの部屋」は高木麻早さんの歌声が印象的でした。高木麻早さんの歌は、透き通るようなハスキーボイスでしっとりとしたフォークソングといったら良いでしょうか。当時よく聴きました。「コーラが少し」なんていういい曲もありました。高木麻早さんの特集をして欲しいものです。
アンカー 川野一宇(Kawano-Kazuie)さん
♪曲目 playlist♪
1.春夏秋冬 泉谷しげる 作詞・作曲 歌 泉谷しげる 昭和47年 1972
2.恋人もいないのに シモンズ 作詞 落合武士 作曲 西岡たかし 昭和46年 1971
3.地球はメリーゴーラウンド ガロ 作詞 山上路夫 作曲 日高富明 昭和47年 1972
4.魔法の黄色い靴 チューリップ 作詞・作曲 財津和夫 昭和47年 1972
5.メリー・ジェーン(Mary Jane) つのだひろ 作詞 Christpher Lyn 作曲 つのだひろ 昭和47年 1972
6.ウィスキーの小瓶 みなみらんぼう 作詞・作曲 みなみらんぼう 昭和48年 1973
7.少女 五輪真弓 作詞・作曲 五輪真弓 昭和47年 1972
8.一人ぼっちの部屋 高木麻早 作詞・作曲 高木麻早 昭和48年 1973
9.神田川 かぐや姫 作詞 喜多条忠 作曲 南こうせつ 昭和48年 1973
深夜便の歌
恋 はるか 南こうせつ 作詞 喜多條忠 作曲 南こうせつ
2曲目の「恋人もいないのに」を歌ったシモンズはいわゆる関西フォーク系の女性デュオで、田中ユミ、玉井タエさんのふたり組みです。小生その名前について調べてみたら、「サイモン&ガーファンクル」のサイモン(Simon)をローマ字読みして「シモン」+ズ としたことが分かりました。
6曲目の「ウィスキーの小瓶」を歌ったみなみらんぼうさんは、小生が始めて直接見た芸能人です。小生、誰かに連れられて東京に行った帰りのこと、昭和50年頃の古い羽田空港の搭乗手続きのフロアーに背が高く、ぱっと見て顔の長い人(失礼!)を見かけたので、良く見たらみなみらんぼうさんでした。
8曲目の「一人ぼっちの部屋」は高木麻早さんの歌声が印象的でした。高木麻早さんの歌は、透き通るようなハスキーボイスでしっとりとしたフォークソングといったら良いでしょうか。当時よく聴きました。「コーラが少し」なんていういい曲もありました。高木麻早さんの特集をして欲しいものです。
1:00〜2:00JST 花が好き自然が好き Flower, Nature
アンカー Anchor: 須磨佳津江(Suma-Katsue) さん
塚谷裕一(つかや ひろかず)さん
東京大学大学院教授(植物学)
1964年、神奈川県生まれ。植物学者。東京大学大学院理学系研究所博士課程修了、博士(理学)。東京大学分子細胞生物学研究所・助手などを経て現職。分子生物学専攻、植物の形ができあがるしくみを研究。
文学と植物との関わりにも興味があり、1993年の『漱石の白くない白百合』(文藝春秋)をはじめ、植物を中心としたエッセイを書いている。『花の名随筆』(作品社)で監修者。『植物巡礼』(岩波文庫)訳書。『植物のこころ』(岩波新書)著者。
・泉鏡花 「二、三羽‐‐十二、三羽」
小説の中に ごくごんごま という植物が出てくる。ごんごんごま=ヤブガラシ ではないかと考えている。今では関東以北にはヤブガラシはいたるところにある。日本に元々あった華奢な関西のヤブガラシはめったに見られない。花を良く見てみると「こま」のように見える。
泉鏡花以降は余り植物のことが文学の題材として取り上げられなくなった。江戸時代から泉鏡花までは植物のことが良く小説に出てきていた。
・夏目漱石 「それから」
白百合 現在では、しらゆりといえば テッポウユリ、カサブランカ になる。ここに出てくる白百合は「ヤマユリ」だろう。甘い香りが強い。花びらは大きく白いが、花びらの中に黄色い筋があり、赤い斑点もある。ちょっと遠くから見ると白い百合の花ように見える。白い花=純潔 しかし良く見ると完全に白ではない。小説の筋も暗示している。
・夏目漱石 「三四郎」
温州みかん 友人のお見舞いに温州みかんを持っていった。そのころ種のないみかんが普及し始めた。珍しかった。
・三島由紀夫 「金閣寺」
杜若(かきつばた) 主人公が友人にそそのかされて、金閣寺に咲くかきつばたを盗みに行くところから放火にいたる。カキツバタが金閣寺に象徴化されている。端正な花でないと金閣寺に例えられない。
・俳句の季語がずれている
ゆきのした(花期は初夏だが、冬の季語)、ねぎ(葱坊主は春の終わりだが、二月の季語)
明治初期に植物・博物学として注目されたが、最近の小説には花が出てこない。豊かな植物に囲まれた日本であるが、それ以降は日本人の心が花から離れていった。
泉鏡花 「二、三羽‐‐十二、三羽」こちら→ http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/1037_20651.html
アンカー Anchor: 須磨佳津江(Suma-Katsue) さん
塚谷裕一(つかや ひろかず)さん
東京大学大学院教授(植物学)
1964年、神奈川県生まれ。植物学者。東京大学大学院理学系研究所博士課程修了、博士(理学)。東京大学分子細胞生物学研究所・助手などを経て現職。分子生物学専攻、植物の形ができあがるしくみを研究。
文学と植物との関わりにも興味があり、1993年の『漱石の白くない白百合』(文藝春秋)をはじめ、植物を中心としたエッセイを書いている。『花の名随筆』(作品社)で監修者。『植物巡礼』(岩波文庫)訳書。『植物のこころ』(岩波新書)著者。
・泉鏡花 「二、三羽‐‐十二、三羽」
小説の中に ごくごんごま という植物が出てくる。ごんごんごま=ヤブガラシ ではないかと考えている。今では関東以北にはヤブガラシはいたるところにある。日本に元々あった華奢な関西のヤブガラシはめったに見られない。花を良く見てみると「こま」のように見える。
泉鏡花以降は余り植物のことが文学の題材として取り上げられなくなった。江戸時代から泉鏡花までは植物のことが良く小説に出てきていた。
・夏目漱石 「それから」
白百合 現在では、しらゆりといえば テッポウユリ、カサブランカ になる。ここに出てくる白百合は「ヤマユリ」だろう。甘い香りが強い。花びらは大きく白いが、花びらの中に黄色い筋があり、赤い斑点もある。ちょっと遠くから見ると白い百合の花ように見える。白い花=純潔 しかし良く見ると完全に白ではない。小説の筋も暗示している。
・夏目漱石 「三四郎」
温州みかん 友人のお見舞いに温州みかんを持っていった。そのころ種のないみかんが普及し始めた。珍しかった。
・三島由紀夫 「金閣寺」
杜若(かきつばた) 主人公が友人にそそのかされて、金閣寺に咲くかきつばたを盗みに行くところから放火にいたる。カキツバタが金閣寺に象徴化されている。端正な花でないと金閣寺に例えられない。
・俳句の季語がずれている
ゆきのした(花期は初夏だが、冬の季語)、ねぎ(葱坊主は春の終わりだが、二月の季語)
明治初期に植物・博物学として注目されたが、最近の小説には花が出てこない。豊かな植物に囲まれた日本であるが、それ以降は日本人の心が花から離れていった。
泉鏡花 「二、三羽‐‐十二、三羽」こちら→ http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/1037_20651.html
2:00〜3:00JST ロマンチックコンサート Romantic Concert
アンカー Anchor: 須磨佳津江(Suma-Katsue) さん
♪曲目 playlist♪
1.シルバンド オスバルド・ベリンジエリ楽団
2.ラ・クンパルシータ オスバルド・ピーロ楽団、アルベルト・ビアンコ(vo)
3.ラ・ジュンバ コロール・タンゴ 1996
4.アサバーチェ フランチーニ・ポンティエル楽団、パブロ・モレーノ(vo) 1954
5.エル・アディオス アンヘル・バルガス(vo)、アルマンド・ラカーバ指揮の楽団 1954
6.アルマ・デ・バンドネオン エルネスト・ファマー 1935
7.ビーダ・ミーア リカルド・ペデビージャ楽団、マリオ・デリーヤ(vo) 1952
8.ケハス・デ・バンドネオン ペドロ・ラウレンス楽団 1952
9.デセンカント エンリケ・ディセポロ楽団、タニア(vo) 1937
10.マウラ フリオ・デ・カーロ楽団 1928
11.テ・ビ・ジョラール ロベルト・フィルポ楽団、フィルポ(piano) 1930年代
1,2,3曲目までは現代のタンゴです。
1曲目の「シルバンド」は 口笛を吹きながら という意味だそうです。
4曲目の「アサバーチェ」は 黒い玉 という意味で、女性の愛称に使われるそうです。
6曲目の「アルマ・デ・バンドネオン」は バンドネオンの魂 という意味だそうです。
7曲目の「ビーダ・ミーア」は直訳すると わが人生 という意味ですが、恋人への呼びかけに使うんだそうです。
8曲目の「ケハス・デ・バンドネオン」は バンドネオンの嘆き だそうです。
9曲目の「デセンカント」は 幻滅 という意味だそうです。
10曲目の「マウラ」は いくじなし という意味だそうです。
11曲目の「テ・ビ・ジョラール」は 泣いている君を見た という意味だそうです。
前回、須磨アンカーが読めなかったお便りの話がありました。一部にじんでいて読めなかったのが下の百人一首です。
ながらへば またこのごろやしのばれむ うしとみしよぞ いまはこひしき
須磨アンカーは、ご自分が子供の頃、百人一首で余り遊ばなかったので良く知らないのだそうです。
今回は豆の名前を書いたお便りを読んで、須磨アンカーが読めない漢字の豆が2つありました。きっと、次回の放送までにリスナーから教えてもらっているでしょう
アンカー Anchor: 須磨佳津江(Suma-Katsue) さん
♪曲目 playlist♪
1.シルバンド オスバルド・ベリンジエリ楽団
2.ラ・クンパルシータ オスバルド・ピーロ楽団、アルベルト・ビアンコ(vo)
3.ラ・ジュンバ コロール・タンゴ 1996
4.アサバーチェ フランチーニ・ポンティエル楽団、パブロ・モレーノ(vo) 1954
5.エル・アディオス アンヘル・バルガス(vo)、アルマンド・ラカーバ指揮の楽団 1954
6.アルマ・デ・バンドネオン エルネスト・ファマー 1935
7.ビーダ・ミーア リカルド・ペデビージャ楽団、マリオ・デリーヤ(vo) 1952
8.ケハス・デ・バンドネオン ペドロ・ラウレンス楽団 1952
9.デセンカント エンリケ・ディセポロ楽団、タニア(vo) 1937
10.マウラ フリオ・デ・カーロ楽団 1928
11.テ・ビ・ジョラール ロベルト・フィルポ楽団、フィルポ(piano) 1930年代
1,2,3曲目までは現代のタンゴです。
1曲目の「シルバンド」は 口笛を吹きながら という意味だそうです。
4曲目の「アサバーチェ」は 黒い玉 という意味で、女性の愛称に使われるそうです。
6曲目の「アルマ・デ・バンドネオン」は バンドネオンの魂 という意味だそうです。
7曲目の「ビーダ・ミーア」は直訳すると わが人生 という意味ですが、恋人への呼びかけに使うんだそうです。
8曲目の「ケハス・デ・バンドネオン」は バンドネオンの嘆き だそうです。
9曲目の「デセンカント」は 幻滅 という意味だそうです。
10曲目の「マウラ」は いくじなし という意味だそうです。
11曲目の「テ・ビ・ジョラール」は 泣いている君を見た という意味だそうです。
前回、須磨アンカーが読めなかったお便りの話がありました。一部にじんでいて読めなかったのが下の百人一首です。
ながらへば またこのごろやしのばれむ うしとみしよぞ いまはこひしき
須磨アンカーは、ご自分が子供の頃、百人一首で余り遊ばなかったので良く知らないのだそうです。
今回は豆の名前を書いたお便りを読んで、須磨アンカーが読めない漢字の豆が2つありました。きっと、次回の放送までにリスナーから教えてもらっているでしょう



