4:00〜5:00JST こころの時代 Spirtual Age
アンカー Anchor: 峯尾武男(Mineo-Takeo) さん
高見国夫 63才 1980年に「 呆け老人を抱える家族の会」を作り、2006年に会の名称を「認知症の人と家族の会」と改名。
・昔は、認知症の人は何も分からない介護されるだけの人と思われていたが、感情、心の思いを持っておられる。
・会を作った動機は、私の介護の思いを20数名の会員の中で苦労を分かち合いたいという気持ちだけだった。
・当時は、認知症の人=困る人 であった。人間ではなくなってしまったように思われていた。
・「呆けてもこころは生きている」1997年にそうきづいた。
・一時的に専門介護に預ける制度が出来ると、呆けて何も出来ないと思われた人がナツメロを最後まで歌ったり、料理で上手に皮むいたりした。
・在宅介護をしている人は余裕がない、危険なのでそんなことをさせないようにしていた。プロの介護とでやっていくべきだと思った。
・アンケートをして600人の方から回答があった。呆けている人も自分自身でおかしいと思ったり悩んだりしていることが分かった。
・認知症の人自身には、家族に対する気持ちや思いやりがある。20数年間の活動で、それを受け止めてやりたいと思うようになった。
・会の活動は「介護をしている家族同士が励ましあい、助け合うこと」と、「介護を支えるような社会的な仕組みを作るように働きかけること」。
・家族の会の集いは年間に1400回くらい開催されて、のべ2万人参加、会報(本会報「ポーレ・ポーレ」・支部会報)月に4万6千部発行。電話による個別相談は年間1万件(会員外の方が多い)。
・会報「ポーレ・ポーレ」の名前の意味「ゆっくり、優しく」(スワヒリ語)
・会報にはQ&Aもある。介護家族「介護家族がヘルパーに遠慮して言いたいことがいえない」- ケアマネージャー「介護者に安心して手助けをするのが仕事なので、不満があったら遠慮せずに言ってください」など。
・介護保険制度が出来たので、サービスを利用するのは権利になったということを理解して、家族は引け目に思わないで欲しい。
認知症の人と家族の会ホームページ→ http://www.alzheimer.or.jp/
子ども向けホームページ「おばあちゃんどうしたの?」→ http://alzheimer.or.jp/kodomo/
・去年、認知症ご本人の方がお話をしてもらう会議を行った。そのときの宣言こちら→http://www.alzheimer.or.jp/jp/tokubetu/kiji/honninkaigi2006.htm
・まだまだ社会的な理解・支援が不足しているので、ご自分が認知症であることを隠している方も多くいる。
・認知症がすむと自分の気持ちや優しさは持っているんだけど、表現できなくなる。
・認知症の人から家族へのメッセージとして、私たち(認知症)を支えて欲しいのではなく、私たちなりに家族を支えたい、といっている。
・認知症の人の気持ちとしては、家族として役に立ちたい、家族に感謝している。面と向かって言われることは無いので、家族の人は始めて聞いて驚く。
・家族の会の設立当時としては、医師は認知症にかかわりをもたなかった。医者は「なおりません」「介護するだけです」と言うだけだった。
・今は認知症の進行を止めたり予防したりする薬が開発されつつある。
・認知症の方が「思い」を持っている所・事柄に着目して介護することにより、症状が回復した例もある。
・「呆けても安心して暮らせる社会」をめざしている。そう簡単にいかないこともこの20数年間で実感した。
・介護保険ができたのは前進だった。しかし、介護する家族にとって使いやすいとはいえない。改正で負担が増えたり、利用の条件が厳しくなったりしている。
・自分の貯金と年金のみで介護サービスと生活をまかなえる人は56%。残りの人は家族や親戚の経済的支援に頼っている。
・蓄えと年金だけで晩年が過ごせるような社会、家族も安心して介護できる社会を目指す、という段階に家族の会の運動が進んでいくと思う。
・65才以上の方は6%以上の確立で認知症になる。決してひとごとでない。我が事と思って欲しい。
高見国生さんがインタビューを受けた記事がありました。こちら→
http://www.kyoto-np.co.jp/fukushi/column/yasu/061003.html
http://www5.eisai.co.jp/mr/special.html
アンカー Anchor: 峯尾武男(Mineo-Takeo) さん
高見国夫 63才 1980年に「 呆け老人を抱える家族の会」を作り、2006年に会の名称を「認知症の人と家族の会」と改名。
・昔は、認知症の人は何も分からない介護されるだけの人と思われていたが、感情、心の思いを持っておられる。
・会を作った動機は、私の介護の思いを20数名の会員の中で苦労を分かち合いたいという気持ちだけだった。
・当時は、認知症の人=困る人 であった。人間ではなくなってしまったように思われていた。
・「呆けてもこころは生きている」1997年にそうきづいた。
・一時的に専門介護に預ける制度が出来ると、呆けて何も出来ないと思われた人がナツメロを最後まで歌ったり、料理で上手に皮むいたりした。
・在宅介護をしている人は余裕がない、危険なのでそんなことをさせないようにしていた。プロの介護とでやっていくべきだと思った。
・アンケートをして600人の方から回答があった。呆けている人も自分自身でおかしいと思ったり悩んだりしていることが分かった。
・認知症の人自身には、家族に対する気持ちや思いやりがある。20数年間の活動で、それを受け止めてやりたいと思うようになった。
・会の活動は「介護をしている家族同士が励ましあい、助け合うこと」と、「介護を支えるような社会的な仕組みを作るように働きかけること」。
・家族の会の集いは年間に1400回くらい開催されて、のべ2万人参加、会報(本会報「ポーレ・ポーレ」・支部会報)月に4万6千部発行。電話による個別相談は年間1万件(会員外の方が多い)。
・会報「ポーレ・ポーレ」の名前の意味「ゆっくり、優しく」(スワヒリ語)
・会報にはQ&Aもある。介護家族「介護家族がヘルパーに遠慮して言いたいことがいえない」- ケアマネージャー「介護者に安心して手助けをするのが仕事なので、不満があったら遠慮せずに言ってください」など。
・介護保険制度が出来たので、サービスを利用するのは権利になったということを理解して、家族は引け目に思わないで欲しい。
認知症の人と家族の会ホームページ→ http://www.alzheimer.or.jp/
子ども向けホームページ「おばあちゃんどうしたの?」→ http://alzheimer.or.jp/kodomo/
・去年、認知症ご本人の方がお話をしてもらう会議を行った。そのときの宣言こちら→http://www.alzheimer.or.jp/jp/tokubetu/kiji/honninkaigi2006.htm
・まだまだ社会的な理解・支援が不足しているので、ご自分が認知症であることを隠している方も多くいる。
・認知症がすむと自分の気持ちや優しさは持っているんだけど、表現できなくなる。
・認知症の人から家族へのメッセージとして、私たち(認知症)を支えて欲しいのではなく、私たちなりに家族を支えたい、といっている。
・認知症の人の気持ちとしては、家族として役に立ちたい、家族に感謝している。面と向かって言われることは無いので、家族の人は始めて聞いて驚く。
・家族の会の設立当時としては、医師は認知症にかかわりをもたなかった。医者は「なおりません」「介護するだけです」と言うだけだった。
・今は認知症の進行を止めたり予防したりする薬が開発されつつある。
・認知症の方が「思い」を持っている所・事柄に着目して介護することにより、症状が回復した例もある。
・「呆けても安心して暮らせる社会」をめざしている。そう簡単にいかないこともこの20数年間で実感した。
・介護保険ができたのは前進だった。しかし、介護する家族にとって使いやすいとはいえない。改正で負担が増えたり、利用の条件が厳しくなったりしている。
・自分の貯金と年金のみで介護サービスと生活をまかなえる人は56%。残りの人は家族や親戚の経済的支援に頼っている。
・蓄えと年金だけで晩年が過ごせるような社会、家族も安心して介護できる社会を目指す、という段階に家族の会の運動が進んでいくと思う。
・65才以上の方は6%以上の確立で認知症になる。決してひとごとでない。我が事と思って欲しい。
高見国生さんがインタビューを受けた記事がありました。こちら→
http://www.kyoto-np.co.jp/fukushi/column/yasu/061003.html
http://www5.eisai.co.jp/mr/special.html
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