このブログはNHKとは関係のない個人(私)が、NHK FMラジオで放送された「ラジオ深夜便」の一部の番組内容をメモとして残しておくことを目的としています。ほぼ毎日の内容を不定期に更新していきます。
4:00〜5:00JST こころの時代 Spirtual Age
 アンカー Anchor: 須磨佳津江(Suma-Katsue)さん インタビュアー Interviewer:上野重喜(Ueno-Shigeki)さん

内藤正典(ないとう まさのり、昭和31年・1956年9月29日生まれ)

・トルコに幼児連れで滞在したとき現地の人々は親切にしてくれた。子供、女性、高齢者などの弱者に対しては大切にするような道徳観がある。
イスラム教では因果を考えない。結果は神が決めたこと。
・上手くいかなかったのは努力が足りなかった、などというストレスが少ない宗教といえる。従って、自殺者が少ない。

・ハマス、ヒズボラは貧しい人々を救済する活動をしている。テロの組織だと思われているが、主な活動は弱者支援である。
ジハードは「聖戦」と訳されているが、これはキリスト教徒側から付けたもので、他の宗教と戦うという意味はまったくない。
・信仰を正す努力をする、というのがジハードの意味。「イスラム教徒として正しく生きる努力をしなさい」ということ。
・一緒に住んでいるイスラム教徒の仲間が理不尽に殺されたりするのを見たとき、その敵と戦うのがジハードにあたる。

・国の法律は大事であるが、神(アッラー)の指し示した人の道を行うことが優先される。

イスラムでは銀行預金の利子は禁止されている。不労所得のような利子はつかない。
・銀行は投資先を透明にして、儲けが出たら平等に分けるが、失敗したらゼロになる、それで良いなら預金してくれ、というスタンス。

・人間が生きている世界全てに神の光が当たっている。聖俗不可分という考え方。したがって政教分離が彼らには理解しにくい。
・金銭欲は喜捨により制限される。
イスラムでは妻は4人まで許されるが、これは夫を失った妻とその子供の面倒を見るための制度。複数の妻や子供達は全て平等の権利をもつ。西洋や日本のように非嫡出子のような差別はない。

イスラム教徒は排他的ではない。コミニュケーション不足で、キリスト教徒がそのように決め付けていた。
・植民地経営の歴史が長い西欧の人々が上に立ったような見方・物言いをするのを、イスラム教徒はとても嫌っている。
イスラム教徒は社会的な身分の上下を絶対に受け入れない。神の前では王様も物乞いも同じ。

イスラム教徒が何を喜び、悲しみ、怒り、楽しむのか知ることによって理解が深まる。
イスラムは「神に絶対的に服従する」と理解されているが、実際は「何があっても神様におまかせ」という宗教。そうでなかったら世界中に広まらない。


西欧の人々が上に立ったような振る舞いをすることに対し、イスラム教徒が不快を示すのは良く理解できます。小生、若かりし頃、パックパックでロシアに入り、北欧から下ってドイツのミュンヘンまで旅したことがあります。ロシアでは拙い英語とロシヤ語で喧嘩しました。北欧ではフレンドリーな対応をしてもらいました。旅の終わりごろに、ドイツのとあるコンビニみたいなお店でおばさん店員にあからさまな人種差別を受けたのにはショックでした。その一件を除いて、ドイツでもほとんど不快な思いはしませんでしたが、同じ人間として対等に喧嘩したり話したりとは異なる扱いをうけるという、人種差別をされた側の感覚は深く心に残っています。

米国のブッシュ大統領はイラク(アフガニスタンも)に派兵していますが、小生考えても、米軍の敵のイメージが湧きません。何者と戦っているのでしょうか?正規兵力では圧倒的な差があったベトナム戦争で、米国が不名誉な敗戦国となった二の舞にならないかと心配です。時間と手間がかかるでしょうが、国と国との対話に加えて、人(西欧・キリスト教・ユダヤ教)と人(アラブ・イスラム教)との理解がその地域に平和をもたらすのではないかと思っています。
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