このブログはNHKとは関係のない個人(私)が、NHK FMラジオで放送された「ラジオ深夜便」の一部の番組内容をメモとして残しておくことを目的としています。ほぼ毎日の内容を不定期に更新していきます。
1:00〜2:00JST 歴史にしたしむ
アンカー 川野一宇(Kawano-Kazuie)さん

安藤優一郎(あんどう ゆういちろう Andoh-Uichiro、 昭和40年・1965年生まれ )
日本の歴史学者。専門は日本近世史(都市史)。千葉県出身。早稲田大学教育学部卒業。同大学大学院文学研究科修了。『徳川将軍家の演出力』『徳川将軍家の演出力』『観光都市 江戸の誕生』『寛政改革の都市政策―江戸の米価安定と飯米確保』などの著作がある。

将軍の威厳・威光を保つため、いろいろと儀礼的な決め事があった。

徳川将軍が尾で島になると、「シー」と声がかかり静かにするように指示された。敬礼の意味。
・旗本・大名が将軍とお目見えできる。但し、面と向かって将軍の顔を見ることは出来なかった。
・武士は記録を余り残さなかった。明治初期に思い出して記述したか、幕末の外国人による記録がある。
将軍から「面(おもて)を上げよ」と言われても、大名達は恐れ入って顔は上げなかった。

将軍が公務で話す言葉は役者のセリフのように決まっており、老中任命の時には「念を入れて務めよ」。
・参勤交代で大名が領国へ帰る時に将軍が大名にかける言葉は「在所へのひまをやる。休息せい」。
・神田明神と山王神社のお祭りの時のみ庶民が江戸城に入り、将軍がそれをご覧になる。そのとき庶民は将軍と一体感を持つ。
徳川家持が長州征伐のときに一度将軍が馬上の姿を江戸っ子に見せた。保土ヶ谷では外国人たちも見た。
将軍は前将軍の祥月命日に寛永寺、増上寺に公務としておまいりに行く。
将軍が鷹狩をする日は江戸市中は火を使ってはいけないので、風呂屋も休みになった。
将軍の行列は家の窓からは見てはならなかった。

将軍家の記念日には大名達は特産品を献上した。次第に費用が掛かって行った。
・貰ったものは将軍の側近たち、大奥に下げ渡された。
・献上品を買い上げ、必要な人に売る「献残屋」があった。リサイクルショップのような商売。
・大名達は年に一度、将軍に刀と馬を献上する決まりがあった。
・その刀は真剣ではなく、木で出来た模造品の刀を納めていた。献残屋から買って使い回ししていた。
・馬は馬代としてお金を献上した。江戸時代は儀礼を大切にしていた。

・町入能、将軍の跡取が生まれると江戸の町の代表者たちが江戸城に招かれ、将軍と共に能を見た。
・この日と、祭りが江戸城に入る日は無礼講で多少騒いでも許された。

・江戸を見ることによって現代が分かる。現代を見る一つの方法としてのよい材料だとおもう。

本当の江戸時代の社会は、時代劇のテレビドラマで見る江戸時代とはひどくかけ離れたものだろうなあと想像はしていましたが、もしタイムマシンがあって江戸時代に行ったとしたら、道徳や行動様式、価値観が現代と通じているようでも全体として考えた時はまるで外国のように思えるのでしょうね。

しばし三千万日本人のすんでいた江戸時代に思いを馳せたのでした。
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