4:00〜5:00JST こころの時代 Spirtual Age
アンカー Anchor: 国井雅比古(Kunii-Masahiko)さん
インタビュアー Interviewer: 上野重喜(Ueno-Shigeki)さん
2006年12月14日(木)のアンコール放送
・江戸は元禄と文化・文政の二つの時期に盛んになる。元禄の頃は上方の色が濃かった。
・初期は三河、小田原の商人(吉原を作る)、伊勢・近江商人の勢力が大きかった。江戸商人のルーツといえる。
・伊勢商人は木綿、白粉が取れ、伊勢神宮があって何もしないでも情報が入ってきた。大きな店、豊かな商人達だった。
・近江商人は戦乱の地だったので経済的には恵まれなかった。「のこぎり商売」といって、天秤棒を担ぎ、近江のものを別のところへ持っていって売り、帰りはその土地のものを買って帰って売る商売をした。
・明治になって近江商人がぐんと伸びた。彼らにって自由であればあるほど商売がやりやすかった。
・江戸の人口120万人で半分の60万人が武士だった。江戸詰の武士はたとえば、加賀藩は江戸に八千人、土佐藩三千人いた。
・御用商人になるとその藩のマーケット丸々独り占めできた。武家に依存した経済が成立した。
・武士は見栄っ張り、形式ばっていたので、贈答品が多かった。
・江戸は港の町だった。なんとか河岸がおおく水の文化、さらっとしてしいた。陸の文化とは正反対。
・婿養子が多い。「婿養子 三代続いて 蔵が立ち」。伊勢丹、高島屋など婿養子を迎えて発展した。
・商家では婿養子を取るために娘の教育を熱心に行った。
・下町の定義 坂がない、門がない、店と住居が同じ、人様に迷惑を懸けない、成金が嫌い、遠くに行きたがらない、など。
・江戸の客は店を決めてから買う、気に入らなくなったら急にその店に来なくなる。
続きは明日...
江戸って商売の方から見ても特殊な町だったんですね。
アンカー Anchor: 国井雅比古(Kunii-Masahiko)さん
インタビュアー Interviewer: 上野重喜(Ueno-Shigeki)さん
2006年12月14日(木)のアンコール放送
・江戸は元禄と文化・文政の二つの時期に盛んになる。元禄の頃は上方の色が濃かった。
・初期は三河、小田原の商人(吉原を作る)、伊勢・近江商人の勢力が大きかった。江戸商人のルーツといえる。
・伊勢商人は木綿、白粉が取れ、伊勢神宮があって何もしないでも情報が入ってきた。大きな店、豊かな商人達だった。
・近江商人は戦乱の地だったので経済的には恵まれなかった。「のこぎり商売」といって、天秤棒を担ぎ、近江のものを別のところへ持っていって売り、帰りはその土地のものを買って帰って売る商売をした。
・明治になって近江商人がぐんと伸びた。彼らにって自由であればあるほど商売がやりやすかった。
・江戸の人口120万人で半分の60万人が武士だった。江戸詰の武士はたとえば、加賀藩は江戸に八千人、土佐藩三千人いた。
・御用商人になるとその藩のマーケット丸々独り占めできた。武家に依存した経済が成立した。
・武士は見栄っ張り、形式ばっていたので、贈答品が多かった。
・江戸は港の町だった。なんとか河岸がおおく水の文化、さらっとしてしいた。陸の文化とは正反対。
・婿養子が多い。「婿養子 三代続いて 蔵が立ち」。伊勢丹、高島屋など婿養子を迎えて発展した。
・商家では婿養子を取るために娘の教育を熱心に行った。
・下町の定義 坂がない、門がない、店と住居が同じ、人様に迷惑を懸けない、成金が嫌い、遠くに行きたがらない、など。
・江戸の客は店を決めてから買う、気に入らなくなったら急にその店に来なくなる。
続きは明日...
江戸って商売の方から見ても特殊な町だったんですね。
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